昨日、サッカーユニフォームの古着屋で興味を引かれる一品を見つけ、
手持ちが足りていたので衝動買いしてしまいました。

ACヴェネツィア 99-00 1st
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現在、ジュビロ磐田の監督を務めている名波さんが
現役時代に一年だけ所属したイタリアのチームのユニフォームです。

現在はチーム名をヴェネツィアFCに変え、セリエDに所属しているヴェネツィアですが、
名波さんの在籍当時はトップリーグであるセリエAに所属していました。
このモデルは、そのシーズンのモデルになります。


■名波選手のイタリア時代

ここで、名波さんのヴェネツィア在籍に関して振り返ってみましょう。
98-99シーズン、三浦カズに続くセリエA史上二人目の日本人として
イタリアに渡った中田英寿は、シーズン初年度に大きなインパクトを残しました。
中田の活躍はイタリア市場で日本人への注目を高めることとなり、
その結果として日本代表で中田と共にプレーしていた名波を
欲しがるチームが現れました。
そのチームこそ、ACヴェネツィアです。

「自分に足りないものを探しに行く」
そう語ってイタリアに旅立った名波選手。
後に本人が明かして曰く「記者に聞かれて適当に答えただけ(笑)」だったらしいですが、
当時はこの発言に胸を熱くしたサッカーファンも多かったことでしょう。

しかして、そんな希望と裏腹に、名波さんはセリエAという舞台で
活躍することはできませんでした。
それは、先日イタリアの『Guerin Sportivo』が選出した「セリエAの
がっかり助っ人ワースト11」の一人に選ばれてしまった事実からも明らかです。
「セリエAのがっかり助っ人ワースト11」 名波浩氏が選出される
活躍できなかった理由については、チーム戦術が名波さんの
特性に合わなさすぎたとか、当時のセリエAのピッチコンディションが悪すぎたとか、
名波さんを擁護する意見も多く聞かれますが、
後に同じ環境で活躍した日本人選手がいることを考えれば、
残念ながら選手としてのスケールの差異だったのではないかと思います。

一方、活躍できなかったとはいえセリエAで過ごした一年は名波さんに
大きな成長を促したようで、00年に行われたアジアカップで名波さんは
大会MVPに選ばれるほどの活躍を見せ、日本代表のアジア制覇に大きく貢献。
磐田に復帰した翌年は、かのN-BOXの牽引役となり、Jリーグを席巻しました。

名波選手という個人の尺度で測るのであれば明確な失敗だったイタリア挑戦ですが、
間接的に日本サッカーに決して小さくない影響があった事象だったと思います。
なので、私は周囲のサッカーファンの方ほどに、名波さんのイタリアでの一年を
ネガティブにはとらえておりません。
もちろん、成功だったとまでは言いませんけれどもね。

そうした経緯もあって、思い出深いこのユニフォームを購入した次第です。


■このユニフォームは評判が悪い!?
さて、なんとなくレトロな印象を受けるこのモデルですが、
実はこのデザインは各方面から酷評されています。

そもそもこのモデルは、当初は1stモデルとして使用される予定だったにも
関わらず、現地のサッカーファンから「ダサすぎる」と一喝され、
使用が自粛されたという悲しい経緯があります。

さらに、このユニフォームを手に取った名波さんも、入団会見時に
記者「どうですか?ユニフォームの印象は」
名波「・・・まぁ、良いっすね」
記者「色とか・・・」
名波「・・・あんま似合わないと思います・・・(半笑い)」

と、明らかに気に入っておりません。

極めつけは、当マンションの住人であるtakuさんが以前にアップした記事内で
「嫌いなユニフォームデザイン」と言及している条件に完璧に沿っており

嫌いなユニフォーム例として教科書に乗せられそうな勢いです。
【taku】なぜ僕は縦縞のユニが嫌いなのか。
私がこのユニフォームを買ったことを話していたら、無言でこの記事を
強調されたので、言外にdisられたのだと思います(笑)


■夜磐の美的センス(笑)
しかし私は、思い出補正がかかっていることを差し引いても
このデザインがさほど悪いと思わないんですよね・・・。
世界中で悪辣な評価を受けているものを気に入ってしまう、この私の美的センスの無さ。
正直、そこまでめたくそに言われるとは思っておりませんでしたので、
割と真剣にショックを受けました(笑)


傷ついた私の心を癒すために、「このユニフォームカッコいいよ!」と
言ってくれる方が現れることを切実に願っております。


夜磐