フットボール マンション

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カテゴリ:ジュビロ磐田

皆さんこんばんは。
夜磐です。

Jリーグが閉幕して10日。
まだ最終節にもシーズンの振り返りもしていませんが、
磐田にとって非常に重要なトピックがありますので、
何にも先んじて触れます。

川辺駿、サンフレッチェ広島に復帰。
川辺駿選手の期限付き移籍期間満了(磐田公式)

本日、両クラブから発表されました。

結果的な話をすれば、川辺の復帰は規定路線だったようです。
当初から広島は川辺を完全に手離すつもりはなく、復帰が
前提でのレンタルだった、と。
もともとは昨年の時点で復帰する予定だったところ、磐田に
中村俊輔が加入することになり、一緒にプレーしてみたいという
川辺の意志でレンタルを一年延長した、ということのようですね。

最終節が近づくにつれて、監督の采配やコメントから、
広島への復帰が確定的であることは伺えました。
ただ、心のどこかで「来年も一緒にやれるのではないか」と
期待している私がいました。
磐田に関する報道では圧倒的な信頼性を誇る静岡新聞で
報じられても、ウルトラCでもなんでも使って磐田に残留して
くれるのではないか、と根拠のない願いを捨てられませんでした。

広島への復帰が正式に発表され、「あぁ、やっぱり」と思いつつ、
正直に言えば残念さも感じています。

できることなら、来年といわず、再来年もずっとその先も、
川辺には磐田にいてほしかったです。
熾烈を極めたJ1昇格争い。ギリギリで掴み取ったJ1残留。
そして今季のJ1上位進出。
この3年間での磐田の濃密な戦いと成長の中で、川辺は常にその
中心にいて、磐田と苦楽を共にしました。
我々にとって紛れもなく重要な仲間であっただけに、
喪失感は決して小さくありません。

ただ、故郷で活躍したいという彼の意志と、川辺を手離したくないという
広島の気持ちは至極当然のものであり、そこに恨みはありません。
広島には、川辺を今よりもずっと大きくしてほしいと思います。

彼の言葉の通り、レンタルという立場でありながら、川辺は
この磐田での3年間、ジュビロの一員として全力で戦ってくれました。
特に今年については、一介のいい選手からリーグ全体を見渡しても
代役を見つけるのが難しいスペシャルワンになりました。
そんな彼を間近で見られたことは、とても楽しかったです。
だから私は、退団が決まった今でも、むしろ今だから言いたいです。
ありがとう、と。


kawabe2
2015年8月1日、ファジアーノ岡山戦でのプロ初ゴールは
後半ロスタイムの劇的な逆転決勝ゴールだった。



kawabe6
昇格争い真っ只中の東京V戦、絶対不利な状況を覆す先制ゴールを決め、
ゴール裏に駆け寄る川辺。私の長い観戦暦の中でも1,2を争う
大興奮を覚えた瞬間であり、この光景はなかなか忘れられない。


kawabe3
J1昇格を決め号泣。隣は松井大輔。


kawabe1
初めて経験する静岡ダービーでゴールをマーク。
エンブレムを叩きながらゴール裏に駆け寄る最高のパフォーマンス。



kawabe5
豪雨の等々力にて、今季の王者川崎を沈める2得点を奪った。
この試合の川辺の出来は出色だった。



川辺は、将来世界を舞台に戦える器を備えた選手です。
3年間共に戦った仲間として、彼の将来の大成を願ってやみません。
磐田戦以外での彼の健闘を、心から祈ります。


こちらこそ、宝物のような日々をありがとう。
お互い頑張っていこう。

寂しくなったらいつでも戻って来い!

皆さんこんばんは。
夜磐です。

本日行われました、鳥栖-磐田戦のレビューです。

0-2 ジュビロ磐田
得点者)オウンゴール、川又


■試合の流れ
今日もフォメ図を用います。
磐田の先発は下記の通り。

1

磐田さんは、FC東京戦以来の4バックスタート。J2時代の4-2-3-1です。
FWはいつも通り川又の1トップですが、二列目は松浦の1シャドー。
いつもはダブルセンターに近い形をとっているアダイウトンと
中村俊輔は、それぞれサイド寄りをスタートポジションとする
ウイングのようなタスクになりました。

川又の調子が万全ではなく稼動域が狭まっている中でプレスにいく
ための緊急シフトだったのではないかなと。1トップ2シャドーの形では、
1トップが広域に渡ってチェイスをかけなければいけません。
現在の川又が広域プレスに対応できないため、プレスには不十分。
しかし、サイドにウイングを配置しておけば、サイドへのケアのタスクを
分散できますので、ハイプレスを維持することができます。
フィジカルの強い鳥栖相手に、ラインを下げては守りきれないため、
ハイライン、ハイプレスを維持する方針を採ったのかなと。


鳥栖は前期と同じくダイヤモンド型の4-4-2。
磐田キラーの豊田が、嫌でも気になります。

試合は思いがけない幕開け。アダイウトンのクロスが
ファーに流れたところで、鳥栖の吉田がキックミスを犯し、
自陣ゴールにまさかのオウンゴール。見事なボレーを叩き込んでしまい、
開始2分で磐田が先制します。
その後もよくボールを繋ぎ、シュートチャンスを作ります。

2

鳥栖はたまらずシステム変更。
ボックス型の中盤をボックス型に変更し、前の2毎で磐田のサイドバックに
プレッシャーをかけ、ビルドアップを阻害しにかかりました。
この作戦がハマり、前半途中からは鳥栖ペース。
しかし、シュートがなかなか枠にいかず、磐田キラー豊田のヘッドも
クロスバーを直撃。前半は磐田が一点リードで折り返し。

後半、鳥栖が同点を狙って攻勢に・・・と思いきや、意外にも
立ち上がりから積極的に出たのは磐田。開始直後にアダイウトンの
突破からチャンスを作ると、その後も速い攻撃で鳥栖を追い込みます。
11分にはアダイウトンのカウンターから最後は川又が決めて追加点。
2-0とし、試合の流れを決定付けました。その後も磐田は最後まで
プレスの手を緩めず、鳥栖にプレッシャーをかけ続ける積極性を披露。
前半とは打って変わって鳥栖にあまりチャンスを作らせず、
リードを守りきって磐田が 2-0 で鳥栖に勝利しました。

■試合の感想

開始2分のオウンゴールで試合の趨勢が決まってしまったかなと。
「触らなければ入っていた」ような仕方ないオウンゴールではなく、
見送っていれば大したピンチではなく、クリアするにしても難しい
ボールではなかったので、吉田のあのクリアミスは致命的でした。

鳥栖は前半途中にシステムを変更した後にたくさんチャンスを作っており、
それをひとつでもモノにできていれば結果は違っていたのでしょうけれど、
得点機を逃したことで追いつく機会を失いました。

後半、リードを追いかける展開で逆に攻勢に出られなくなってしまった
ことについては、よくわかりません。バテてしまったんでしょうかね。



■磐田さんについて
プレスにいかなければ守りきれない、でも前節までのやり方では
前から奪いにいくことができない。その中で名波監督が
よく妥協点を見つけてきたな、と。

鳥栖は非常によくデザインされたチームで、フィジカルの強さもさること
ながら、最終ラインの背後を取る動きも洗練されています。
河野や小野といったあたりの選手が、ロングパスに合わせて
最終ラインの背後に飛び出そうとしてきます。
豊田とイバルボのゴリ押しに耐えつつ最終ラインの神経質な駆け引きを
続けるという、磐田にとっては困難なミッションが90分続きましたが、
大井を中心に見事に成し遂げました。

先制した後は、俊輔のセットプレーかアダイウトンのカウンターで
追加点を奪う。ある意味、磐田にとってはいつも通りだったのかなと思います。

アダイウトンといえば、彼は今節もキレてましたね・・・。
少し前までは自分の周りにスペースがなければボールを運べなかったんですけど、
このところは狭いエリアで受けてもパワーとアジリティでブチ抜ける
ようになっているので、前さえ向けていればゴール前まで運べる
期待感があります。カットインもうまくなっていますよね。
この試合は守備のタスクもこなしながらだったので、
相当負荷がかかっていたと思うのですが、終盤までその役割を
しっかりとこなし続けました。
凄かったです、アダイウトン。ブラボー。


さて、いよいよ次は今季最終節。
天皇杯で敗退している磐田は、次が今季最後の公式戦です。
ホーム・ヤマハスタジアムに迎えるは、リーグ優勝がかかった
昨季の王者、鹿島アントラーズ。
絶対王者が高いモチベーションで乗り込んでくるという、
磐田にとっては非常に困難な試合となります。
躍進を果たした今季のラストを飾るために、なんとか
勝利をもぎ取ってほしいなと思います。


■珍しいスタイル
この日のジュビロ磐田は、紺色のシャツに白のパンツという組み合わせの
ユニフォームで登場しました。紺色のユニフォームはこれまでも
着用してきていますが、パンツが白というのは記憶になくて、
パッと見どうにもジュビロ磐田には見えませんでした。
ユニ
鹿児島ユナイテッドかな?

今季は上下水色だったり、夏場の黒ユニだったりと、これまでの磐田さんが
採用してこなかったスタイルが複数見られました。
このスタイルも、何度も見ていればそのうち見慣れるかもしれませんね。

この試合については以上です。


さて、今回は磐田さん以外の結果について触れます。


■残留争いは甲府と清水の一騎打ちに
今節、降格チームが決定する可能性があったので、磐田さんの試合を見ながら
他会場の速報を追っていました。清水-新潟の試合が、前半終わった段階で
清水の2-0だったので、「これはこのまま清水が勝って残留決定だな」と
思って目を離していたら、新潟が1点2点と奪い、最後は3点目を奪って
逆転勝ちしてしまったので、滅茶苦茶驚きました。
選手の負傷で一時的に10人になっていたところでカウンターで1点、
セットプレーで2点、前掛かりになったところで逆襲の3点目だったようで。
勝っていれば残留が決まっていただけに、清水のショックは甚大。
現地にいっていた清水サポの友達に「何があったんだよ」とLINEしたら、
「俺が知りたい」と返ってきました。ですよね。

新潟はこれで3連勝らしいです。追い詰められてからというもの、
新潟の粘り強さには目を見張る物がありますね。
残念ながら降格は決まってしまいましたが、この粘りがあれば
すぐにJ1に戻ってこられるのではないかと思います。

また、今日の結果、大宮の降格も決定しました。
2015年に共にJ2で戦い、昇格を勝ち取った大宮の降格には、
多少のショックはあります。しかも昨季は躍進を果たしており、
さあこれからというタイミングでしたからね。
今季大きくジャンプアップした磐田さんも、来季も同じように
やれるとは限りません。やはり現実的な目標としては、
来季もJ1残留を最優先事項としていきたいところですね。


■浦和ACL制覇
今節のJリーグの話ではありませんが、前日に行われたACL決勝2ndレグで、
浦和レッズがサウジアラビアのアルヒラルを下し、見事に優勝。
10年ぶり、Jリーグ勢としても9年ぶりのアジア制覇を果たしました。

私は浦和ファンではありませんが、それでも同じリーグのチームが
大陸王者になったことは、とても嬉しく、誇らしく思います。
浦和レッズの選手やコーチ陣、スタッフ、そしてサポーターの皆様に、
心からお祝いの言葉を贈らせてください。
念願のアジアタイトルの獲得、本当におめでとうございます。

Jリーグ勢がACLで敗退するたびに、「Jリーグはレベルが低い」と
メディアから叩かれ、Jリーグファンとして忸怩たる想いでした。
今回の浦和のアジア制覇に関して、磐田さんが優勝したわけでも、ましてや私自身が
やったわけでもないのに、「どうだ、見さらせ」と思ってしまいます。
そんな思いを持たせてくれたことに、感謝したいです。

当たり前ですが、私のように思わない人もいます。
「浦和なんか負けちまえ」と思っていたJリーグファンもいたでしょう。
そういう人たちが、狭量だとは思いません。
それもあり方のひとつであり、この文章もそういう人たちを揶揄するものではありません。
ただ、私は、嬉しかったな、と。心から、そう思います。


以上です。

皆さんこんばんは。
夜磐です。

昨日、日立柏サッカー場で、柏レイソルvsジュビロ磐田を見てきました。

柏レイソル 1-0 ジュビロ磐田
得点者)オウンゴール

■試合の流れ
立ち上がりは磐田が攻勢に出たが、10分過ぎから柏が攻勢に。
磐田は人数をかけて守るが、オウンゴールで先制点を献上した。
後半は4バックにシステムを変えて同点を狙うが、柏の堅守を
崩せずそのままタイムアップ。柏が1-0で勝利。

■試合について
柏のゲームプランがハマッた試合でした。
前半に人数をかけた攻撃で一点を奪い、後半はカウンターを狙いつつ
重心を下げて逃げ切りを図るという狙いを、柏は忠実に実行。
カウンターで2,3点取れそうなシーンもあり、
全体通して柏の強さが光る試合でした。

この試合は久しぶりにフォーメーション図を用いてみようかと。

磐田の先発は下記の通り。
1

ここ最近、左サイドが宮崎ではなく小川大貴になっているのは
フィジカルの強度的な部分の話かもしれません。

この試合は柏がボールを支配。
磐田は前からプレッシングを仕掛けて積極的に奪いに
いきたかったんですけれど、川又の出力が戻っていないようで、
プレスにはいけず自陣に撤退。
左右の両WBが最終ラインまで下がり、5バックの形になります。
柏が磐田の隙を伺うようにボールを縦横無尽に動かしますが、
磐田がけっこう守備をちゃんと構築していたので、
柏はチャンスを作れませんでした。
そして、ピッチ上ではこんな形に。

2

柏「オラオラ、前から取りに来いよ隙見せろ」
磐田「うるせーいかねーよ、お前らミスれ」


こんな我慢比べだったのですが、磐田が櫻内のオウンゴールで
早々に根負けしてしまったので、上記の均衡はすぐに崩れました。
磐田はちゃんと守れていただけに、なんとももったいない失点。

ビハインドになったので、仕方なくWBを前に上げて攻める磐田。
そこで待ってましたとばかりに柏のロングパスカウンターが
決まり始めたので、前半の磐田はかなり窮屈な戦いを強いられました。

当然、名波監督はハーフタイムに手を入れます。
3

システムを4-2-3-1 に変更し、櫻内に代えて上原を投入。
川辺を一列上げて上原をボランチにシフト、小川と高橋のサイドを入れ替えました。
単純に、なるべく強度を落とさずに後ろの枚数を減らしたかったんだと
思います。櫻内を下げたのは、オウンゴール以外にもいまいち
キレがなかったからなかったからかもしれません。
いつもなら小川を下げるところだったかなと。

途中から出てきた上原がこの日もけっこう良くてボールを動かせたのと、
柏が重心を下げたので後半は磐田がけっこう攻めました。
ただ、柏の守備が堅くて、しかもミスをしないので、
磐田はあんまり点が取れそうな感じがしませんでした。
中村航輔が例によってバケモノなので、中途半端なシュートでは得点の気配すら沸きません。
してやられた感があるので、ちょっと悔しいですね。

■ジュビロ磐田について
磐田がダメだったというよりは柏が良かったと思います。
完封負けではありますが、磐田は攻守によく集中していました。
ネガティブになる必要はないかなと。

気になるといえば、プレッシングが全然できなくなってる
ことでしょうかね。晩夏に川又が両足を痛めてからその状態が
続いてしまっていて、なかなか能動的にボールを奪いにいけません。
90分プレスを継続することは不可能にしても、どうしても
リスクをかけて前からいかなければいけないシチュエーションは
ありますので、そうなってしまうと今の磐田はしんどいです。

川又以外に1TOPができる選手がいない弊害だと思いますが、
それについては監督以下スタッフ、選手全員がわかった上で
今季子のようなスタイルを採っているはずですから、
それについて私の方から是非を問うことはありません。
今のところ大きな弊害にもなっていませんしね。

磐田さんについては以上です。

■柏レイソルについて
強かったです、柏。さすが上位と感じる精度でした。
ただ、個人的に柏について好印象だったのは、ピッチ上での
強さだけではなく、リードしている時の振る舞いですね。
腹の立つ時間稼ぎが、ほとんどありませんでした。
交代選手が走ってピッチを出たり、GKに時間をかけなかったり。
そういうことができるチームは多くありませんでしたし、
そういうチームには負けても腹が立ちません。
ぜひとも今のスタイルを継続してほしいと思います。


以下、トピック

■試合後の川又のTwitter
この試合の後、川又がtwitterで、柏サポーターの一部が
アダイウトンに向かって猿の真似や奇声などの差別的な
パフォーマンスをしたとの発言を投稿。現在はその投稿は
削除されていますが、ちょっとした騒ぎになっています。

試合中に川又が主審にしきりと何かを訴えており、
またハーフタイムに応援に関する注意喚起のアナウンスが
場内に流れたのですが、もしかしたらこれのこと
だったのかもしれません。

まず、実際に柏サポがそのようなパフォーマンスがあったか
否かについては、特定は困難かなと思います。
映像に残っているわけではないようですからね。
私も現地にいましたが、少なくとも私は認識していません。
現時点で確定している事実は、「川又が柏サポのパフォを
差別と認識した」その一点のみです。
「負けた悔しさででっちあげた」なんて声もありますが、
それについては議論の是非はないかなと。

ただまぁ、事実か否かはさておき、川又はtwitterで
ああいうことを投稿するべきではなかったと思います。
事実だったとすれば、twitterではなくチームを通して
然るべき手順で抗議をするべきかなと。

差別パフォーマンスが事実か否かは別として、私は人種差別には
断固反対ですし、アダイウトン選手を一人の人間として尊敬し、
とても大事な我々の仲間だと思っています。


今日は以上です。

皆さんこんばんは。
夜磐です。

お久しぶりになってしまいました。

コンサドーレ札幌戦を最後に試合をリアルタイムで見られない日々が
続いておりまして、しばらくレビューをお休みしておりました。
今週は静岡ダービーをリアルタイム視聴ができたので、
久々にレビューを書いてみます。

ダービー2
ダービー3


清水エスパルス 0-3 ジュビロ磐田
得点者)アダイウトン、中村俊輔、山田大記

14年ぶりのダービーダブル
ルヴァンカップとあわせてシーズントリプル達成!


■試合の流れ
序盤に攻勢に出たのは清水。両サイドからの鋭い攻撃で磐田のゴールに迫る
20分にはサイドからショートパスで繋ぎ竹内のシュートでゴールを強襲する。
しかし27分、川又が清水の意表を突いてスルーパス、走りこんだ
アダイウトンが切り込みシュート。劣勢だった磐田が先制した。
このゴールで磐田が清水の勢いを削ぐと、前半終了間際に清水の松原が
高橋への暴力行為で一発退場。清水は数的不利に陥る。
後半に入ると前掛かりになろうとする清水を磐田がボールを動かし
まくっていなし、60分には中村俊輔のCKが直接入って追加点。
この2点目で清水は足が止まり、72分には途中交代でピッチに入った山田が
ダメ押しの3点目をマーク。そのまま清水に反撃を許さず、
磐田が3-0で清水を下し、静岡ダービーを制した。


■試合の感想

清水の狙いは、宮崎とミッチェル・デュークのミスマッチ。
右サイド、磐田から見れば左サイドに位置取ったデュークは、
対峙する宮崎に対しフィジカル面でアドバンテージがありました。
清水はそこを狙って空中戦を仕掛け、高い位置でマイボールとして
攻撃を展開しました。バイタルエリアでフリーでボールを運ばれる
シーンもあり、当方としては試合序盤からかなり恐怖を感じていたのですが、
CBの森下が宮崎のフォローに入り始めてからは比較的安定したので、
失点には繋がりませんでした。

磐田は前線の川又が負傷を抱えながらプレーしていたこともあって
川又を基点とする攻撃がうまくいっておらず、アダイウトンの
ゴリ押しドリブルを中心にしたカウンターを狙う形。
それ以外で点が入る気配がなかったので、点を取るのは難しいかなと
試合を見ながら思っていたのですが、前半の半ばに差し掛かったところで
えらくあっさりと先制してしまいました。
出力が落ちていると感じた川又ですが、相手の隙を見逃さない
抜け目の無さは健在。相手が自陣にスペースを発生させ、かつ
そのスペースへのパスに対するケアを怠っていることを見逃さず、
アダイウトンに絶妙なスルーパスを通しました。
そして持ち込んだアダイウトンが二見との1vs1を制して先制ゴール。
アダイウトンのカットインに対しては右足の前に立つだけで
威力を大幅に軽減できるのですが、二見は思いっきり右足の
コースを空けてしまいました。もしかしたら、アダイウトンの
特徴を二見はちゃんと把握していなかったのかもしれません。

先制した後も清水はちゃんとサッカーをしていました。
ただ、退場者を出し、さらに2点差となってしまっては
さすがに反撃する力がありませんでした。
結果的に磐田が2点目を奪ったことでこの試合は決着。
2点目を奪われたことで精神的にダメージを受けたのか、
2点目を境にガックリと運動量が落ち、足が止まりました。
試合後に両監督共に試合の分水嶺としてこの2点目に言及しており、
事実上2点目で試合が終わったことを物語っています。
中村の速くて正確なキックがあってこそのものですが、
それ以上に角田のクリアミスが痛かったです。
低目のボールは角田の股下を通り抜け、そのままゴールに収まりました。
「速いボールをクリアする時は足を振らない」という守備の鉄則は
守っていた角田ですが、足の置き方にミスが出ました。
今季、清水の試合を何試合か見ていますが、あんなミスをする角田は
見たことがありません。布陣がいつもと違ったことを含め、
清水は全体的に普段と違う感じだったのかもしれません。

翻って磐田は、いつも通りの布陣で、いつも通りのサッカーをしました。
カウンターで先制、前掛りになった相手に中村俊輔の
セットプレーで追加点。カウンターとセットプレーを駆使して常に
先手を取る、これは今季勝っている試合の典型的なパターンです。
面白さはないかもしれませんが、今季1年間成熟させてきたやり方。
ダービーという注目度の高い試合でも自分達を見失うことなく
いつも通りのサッカーを愚直に貫いたことが、磐田の勝利に
大きく作用したのではないかなと思います。

いつもと違った清水。
いつも通りだった磐田。

調子が悪く、下位に沈んでいる故に変化をする必要があった清水。
好調を維持し、今季の戦いを維持すればよかった磐田。

この試合だけでなく、今季ここまでの戦い方や成績の面で、
この試合の趨勢は決まっていたのかもしれません。
順位も調子も関係ないと言われる静岡ダービーですが、
この試合についてはチーム状況が大きく反映される結果となりました。

ダービー1


■ジュビロ磐田について
15年ぶりの日本平での完封勝ち、14年ぶりのダービーダブル、
11年ぶりの勝点50到達と、磐田にとっては記録ずくめの勝利でした。
4月のダービーは相手に押されながら効率よく勝利した試合でしたが、
この試合については結果だけでなく内容も伴ったと思います。
清水サポの方々には申し訳ありませんが、「完勝」と表現させて頂きます。

前述の通り、この日の磐田さんは今季の戦いを象徴するような
戦い方をしていました。確かに、お世辞にも傍目に面白いサッカーとは
いえませんが、しかしながらそのスタイルを徹底することにより、
今季については確固たるパターンになりつつあります。
とりわけ、ダービーは勝つことが重要。どんなに拙いスタイルでも、
勝つことこそが唯一にして最大の目標です。
そのミッションを文句のつけようもなくなし遂げた磐田さんの仕事は、
お見事の一言に尽きます。惜しみなく続く拍手を贈りたく。

静岡ダービーに惜しみなくエナジーを注いだ磐田さん。
その先頭に立っていたのは、間違いなく名波監督でした。
ダービーマッチに対して「34分の1。勝点が6に増えるわけじゃない。
いつも通り戦う」というコメントが多く見られる最近の風潮の中で、
「ダービーはじゃんけんでも負けたくない」と負けん気を公言し、
選手だけでなくサポーターの熱意も刺激した監督のスタンスが、
この結果に大きく作用したように私は考えます。

なんだかんだで、静岡ダービーに勝利するのはとても嬉しく、
気分が良いです。なにぶん降格した年の記憶が色濃く、
静岡ダービーについてはしばらく良い記憶がなかったので、
シーズントリプル、しかも敵地で3-0なんて、こんな気持ちを
どう表現していいのかわかりません。
DAZN観戦であった私ですらこうなのですから、現地観戦された皆様や
選手、スタッフなどの関係者の皆様の喜びたるや、
どれほどであったことでしょう。磐田が久しく味わう、この征服感。
今季の磐田は、本当に大きな仕事をしてくれています。

この勝利で、目標であった勝点50に到達しました。
名波監督は、これ以降の目標については明確にしていません。
現実的には今の順位を可能な限り維持する作業になると思いますが、
今シーズン残り5試合も夢を見させてほしいなと思います。
天皇杯もまだ残っていますし、まだまだ今季の磐田さんは終わりません。


以下、トピック。

■松原后の退場について
ダービーの分水嶺となった、前半終了間際の松原の退場。
磐田DF高橋を口論の末に肘で打ち倒してしまいました。
高橋の倒れる仕草が大げさだった感はありますが、
プレーに関係ないところでのラフプレーは、残念ながら
退場を宣告されても文句は言えません。
しかも主審の目の前で、というのはあまりに軽率でした。
ビハインドの状態でチームを数的不利に陥らせたこの退場は
あまりに痛手。試合後には松原がサポーターに謝罪にいくなど、
本人も軽率な行動によるダメージを理解している模様でした。
松原選手は、磐田の下部組織出身であることもあって、
清水の選手ではありながら磐田サポとしても目が離せない存在。
それだけに、この失態を一方的に断罪する気にはなれません。

松原は、非常に将来性のある選手です。
攻撃については、現段階で既にJ1でも指折りの存在です。
今日の失態を糧にしてメンタル面が成長すれば、必ずや日の丸を
背負える選手になるはず。「彼はやんちゃだから」と慮った
中村俊輔よろしく、彼の成長に期待したいと思います。


■山田大記、磐田復帰後初ゴール
先月、磐田に3年ぶりの復帰を果たした山田大記選手。
復帰からここまでポテンシャルを発揮できずにいましたが、
この試合で途中出場から1分足らずでゴールをマーク。
磐田復帰後初ゴールを記録しました。意外にも、これが
静岡ダービー初ゴールだったようです。
ドイツでは結果を出すことはできませんでしたが、
元々持っているポテンシャルは疑いようのないスペシャル・ワン。
この得点が復調への足がかりとなることを祈ります。


今日は以上です。

皆さんこんばんは。
夜磐です。

先週はJ1がなかったので、マッチレビュー代わりに落書きを一筆投稿。
題して、「ジュビロ磐田 熱きGK列伝」。
適当に書き殴った記事なので、頭空っぽにして読んでくださいな。

では始まり~~。


森下伸一 (1983-1994)
伸さん
ジュビロ磐田がプロ化する以前、ヤマハ発動機サッカー部の時代から
Jリーグ参入1年目まで磐田のゴールを守ったGK。
日本代表歴も長く、1985年から1991年まで選出され続け、国際Aマッチ28キャップを
記録している。プロ化以前のGKにしては珍しくキックの精度を武器にしており、
非公式ながらキックターゲットでパーフェクトを達成したこともある。
ジュビロ磐田のJリーグ1年目が終わったところでまさかの戦力外通告を受け京都に移籍、
こちらでもJリーグ昇格を勝ち取った後、1997年に現役を引退した。
引退後はジュビロ磐田などでGKコーチを務め、現在はG大阪でGKコーチを務めている。
上記のキック精度はGKコーチとしても遺憾なく発揮され、セーブ練習でゴールの隅に
次々とシュートを打ち込み現役選手をキリキリ舞にさせた他、試合前のアップ後に
ピッチに散らばったボールを、ピッチサイドのボール回収係に向かって寸分の狂いなく
蹴り込む神業に発展。特にボール回収についてはあまりにも見事であったため、
「伸さんショー」と名付けられアップ後の楽しみとして観客から隠れた人気を誇った。
しかしながら、ジュビロ磐田でGKコーチをしている時期、小林弘記や松井謙弥、
八田直樹といったユース代表クラスの逸材たちの育成に悉く失敗。
八田はギリギリで持ち直したものの、将来を嘱望された弟子たちを多数手放すことに
なってしまった。とりわけ、武器であったはずのキックを弟子たちに伝授することができず、
彼の指導を受けた選手の大半が「キックが下手なGK」に育ってしまったことは
ショッキングだった。黄金期ですら「磐田の弱点はGK」とまで言われるようになってしまい、
2006年で一旦磐田のGKコーチから退任。2年後に復帰したが、2013年に再び退き
現在に至る。


ハーフナー・ディド(1995-1996)
コーチ兼任で磐田に加入したGK。元々はオランダ人だったが、
日本でプレーしている最中に日本国籍を取得しており、磐田には日本人として在籍。
ジュビロ磐田に加入する以前は、広島やヴェルディ、名古屋でプレーをしていた。
GKコーチとして、あのドーハの悲劇にも立ち会っている。
息子のハーフナー・マイクもプロサッカー選手になり、現在J1のヴィッセル神戸で活躍中。
日本代表に選ばれていたこともあって、ディドといえば現在ではマイクの父親と
いったほうが通じが良いかもしれない。
森下同様、ディドに関しても現役時代にあまりプレーを見ていないので、
筆者は選手としてのディドの特徴をあまり存じ上げないが、小学生の頃にたまたま
見に行った試合で異様な反射神経で相手のシュートを止めまくっていたのが
やたら印象に残っており、休み時間に友達とサッカーをする時に「ディドー!」と
叫んでセービングするのが一時的にマイブームになったことがある。
上記の通り、GKコーチ兼任だったが、同じ時期に在籍した大神いわく自分練習ばかりで
あまり指導してもらえなかったらしい。
現在は母国であるオランダで生活している模様。


大神友明(1993-2001)
大神
1993年にヤマハ発動機サッカー部に入団し、そのままジュビロ磐田に加入。
1996年頃から出場機会を得始め、翌年には完全にレギュラーに定着。
記念すべきジュビロ磐田のJリーグ初制覇に立ち会った。
Jリーグベストイレブンに選ばれ、代表候補合宿にも召集されたが、メンバー入りは無し。
時折見せるスーパーセーブを魅力とする反応系GKで、決定的なシュートを何本も阻止し
磐田のピンチを救っている。磐田に長く在籍しただけあって、前に飛び出した時の
処理が苦手、キック精度が低い、でもPK阻止が異様に上手いという、
後々まで続く磐田のGK伝統の礎を築いた。
1999年に怪我をして以降ややプレーの精度が下がり、2000年には完全に定位置を喪失。
2001年を最後に磐田を離れ、福岡へ移籍。2004年に現役を引退し、GKコーチに転身した。
栃木のGKコーチを務めていた2014年、磐田の監督に就任したかつての
同僚・名波浩に目をつけられ、久々に磐田に帰還。
名波体制下で現在も磐田のGKコーチを担当している。
カミンスキーをJリーグ仕様にアジャストしたり、プレーが不安定になっていた八田を
鍛え直したり、新人の志村をいきなり公式戦で使えるレベルに仕上げたりと、
GKコーチとしてはなかなかの成果を出しており、かなり優秀な指導者であることが伺える。
J1昇格やJ1残留の陰の立役者として、サポーターからの支持は厚い。


尾崎勇史(1987-2000)
尾崎
ヤマハ発動機サッカー部時代から在籍していたGK。
在籍歴では大神を上回っていたのだが、磐田在籍中は常に控えGKとされ、
森下、ディド、大神らの陰に隠れ続けていた。
スポットライトが当たったのは、入団から10年以上も経過した1999年。
正GKだった大神が怪我、復帰以降もプレーが安定しなかったため正GKに定着。
チャンピオンシップでは清水とのPK戦を制し、Jリーグ王者に輝いている。
翌年のゼロックススーパーカップでも名古屋とのPK戦を制しており、
PK阻止が得意という磐田GK伝統を見事に守ってみせた。
しかし、ゴール前以外のプレーが苦手という伝統も受け継いでしまい、
せっかく正守護神として迎えた翌2000年は開幕からミスを連発。
試合後のサポーターの大神コールにキレて挨拶を拒否するなどの行動が
問題視されたこともあり、2000年途中にアビスパ福岡に移籍した。
2002年には大神と入れ替わる形で福岡から広島へ移籍。
大神の加入がトリガーになったか否かは定かではない。
引退後は磐田東高校サッカー部のGKコーチに就任。
非常事務職員として現在でも磐田東高校に勤務している。
割と長く在籍した選手なのだが、OB会に参加していなかったり、過去のエピソードへの
登場率が悪かったりと、磐田OBにしては引退後の存在感が希薄。退団の経緯が
よくなかったので、もしかしたら現在でも磐田に不快感を抱いているのかもしれない。


アルノ・ヴァンズワム(2000-2003)
アルノ
2000年シーズン、正GK候補だった大神と尾崎が揃ってミスを連発し使える目途が
立たなかったため、チームが緊急的に補強したオランダ人GK。
テニス選手の経験があるという異色のGKで、長い手足を駆使して異様に広い
守備範囲をカバーする大型GKだった。PK阻止も得意としており、01年のダービーでは
アレックスのPKを見事に弾き出している。折しも在籍中は磐田がかのN-BOXを
中心に強固な守備を構築しており、鉄壁の3バックと併せて鉄壁と表現された。
在籍期間中の出場試合で通算防御率0.89という驚異の数字を記録。
30試合以上出場したGKの記録としては現在でもJリーグ記録として破られていない。
しかし、磐田の外で育ったはずの彼も「前に出た時の処理が苦手」という磐田の
伝統に染まっており、01年のCS1stレグでクロスの処理をミスして終了間際に
痛恨の同点ゴールを献上してしまったり、03年の鹿島戦ではPエリアを飛び出して
手を使って一発退場になるなどゴールを離れたところで不安定なプレーを露見。
その要素をチームが不安視したのか、当時磐田が獲得を目指していた川口能活との
トレード要員として、本人の了承なく先方に提示。結果的に獲得には失敗したが、
この事象が本人に露見し、ヴァンズワムとチームの間でトラブルが発生した。
02年の後期には、守備への対応の悪さを指摘されレギュラー剥奪。チームは完全制覇を
果たしたものの、優勝の瞬間をベンチで迎えることになってしまった。翌03年は
シーズン序盤にレギュラーを奪取するが、C大阪戦で2失点した直後に柳下監督から
ベンチ降格を言い渡され、ついに激高。「レギュラーを外されるなら退団する」と言い放ち、
実際にそのまま退団となってしまった。正守護神がシーズン途中に突然退団するという
ショッキングな出来事にサポーターは動揺を隠せず、守護神を失ったチームは
最終節のあの事件に見舞われることになる。
磐田退団後は、母国オランダのチームでプレー。07年で引退しGKコーチに転身、
現在は今年7月までハーフナー・マイクが所属していたデン・ハーグでGKを務めている。


山本浩正(1998-2006)
もっさん
地元の名門、清水東から加入した巨漢GK。入団からしばらくは公式戦ではお呼びが
掛からなかったが、大神が退団した02年から第二GKに抜擢され、さらに後期からは
レギュラーに定着。完全制覇の瞬間をピッチ上で迎えた。翌03年もレギュラーとして
開幕を迎えたが、開幕2試合で自身のミス絡みも含めて連続4失点。
さすがにベンチに落とされ、ヴァンズワムに守護神の座を譲った。
その後、シーズン途中からレギュラーに返り咲くも再び不安定なプレーに終始。
優勝が掛かったリーグ最終節の横浜Fマリノス戦では、同点で迎えた後半ロスタイムに
中途半端な飛び出しから久保竜彦に頭上を抜かれるヘッドを許し、歴史に残る
大逆転優勝事件を引き起こした。この失点さえなければ引き分けでも磐田が
優勝していたためチームに与えた損失は非常に大きく、この試合を最後に
磐田では起用されなくなった。06年に戦力外通告を受け、磐田を退団。
C大阪、愛媛、相模原を転籍し、2011年にサッカー選手を引退した。
引退後、練習なしでNFLのセレクションに参加するなどキャリアが迷走。
結局フットサルのゴレイロに転向しアグレミーナ浜松に所属、2シーズンプレーして
アスリートの世界から身を引いた。2014年から常葉大学サッカー部の
GKコーチに就任している。シュートに対する反応は敏感であったが、その他のスキルが
どう考えてもプロレベルに達しておらず、残念ながら身の丈に合わない世界に
放り込まれてしまった印象が非常に強い。彼自身、引退後のインタビューで、
「自分の立ち位置がわかっていなかった」と振り返っており、いろんな意味で
周囲に振り回されてしまったキャリアだったのかもしれない。


高原寿康(2003-2004)
大学No.1GKという触れ込みで2003年に加入したGK。大卒ということもあって
入団直後から公式戦に呼ばれており、ルーキーイヤーにリーグ戦2試合に出場している。
もっとも、デビュー戦は上記の通りヴァンズワムが退場になった後のスクランブル出動であり、
最初のプレーでいきなりFKをブチ込まれて最終的に5失点という暗澹たる結果に。
次の試合では大分相手に完封勝利を挙げたが、ヴァンズワム復帰後はその座を譲り、
自身の怪我もあってその後の磐田在籍期間中は試合に絡むことができなかった。
2005年に札幌にレンタル移籍、そのまま完全移籍となり2012年まで在籍。
その後は清水エスパルスを経由し町田ゼルビアに入団し、現在でも現役を続けている。
GKにしては非常に怪我が多く、キャリアの危機となる怪我に幾度となく見舞われている。
それでも現役を続けていられるのは、彼の不屈の努力があってこそのものだろう。


佐藤洋平(2003-2008)
ヴァンズワムがトラブルによりシーズン途中に退団してしまったため、
チームが緊急的に札幌から補強したベテラン選手。札幌在籍前は鹿島に所属しており、
97年のCSでゴン中山にボールを奪われ決勝点を決められるという
前代未聞のミスをしでかしている。プロへ進む際にヤマハ発動機サッカー部(磐田)と
住友金属工業蹴球団(鹿島)で獲得合戦をした過去があるなど何かと磐田と
縁がある選手であり、磐田に来たのも必然だったのかもしれない。
03年最終節で上記の通り山本が大失態を犯してレギュラーから降ろされたため、
天皇杯で緊急的にレギュラーに定着。移籍前に所属していた札幌がJ2最下位で、
そのチームでも控えであった佐藤に対し、サポーターも当初は懐疑的な
視線を向けたが、蓋を開けてみれば山本よりも圧倒的に安定しており、
チームはまさかの天皇杯制覇を達成。翌年のゼロックススーパーカップでも、
因縁の横浜FマリノスとのPK戦を制する活躍を披露した。
シーズンが始まっても攻守を連発してスタートダッシュに大きく貢献、結果的に優勝は
逃したものの攻守のインパクトは大きく、ファン投票でオールスターにも選出された。
つくづく、03年最終節で佐藤が使われなかったのが惜しい。
ファンからの信頼も絶大であったが、やはり加入時でベテランであったゆえに怪我も多く、
シーズン後半にはいくつかの試合を欠場している他、翌年には川口能活が加入したため
第二GKに落ち着いた。07年を最後に現役を退き磐田の下部組織でコーチをしていたが、
トップチームのGKに怪我人が多発したためシーズン途中にチームの要請を受け現役復帰。
ドタバタするチーム事情に最後まで振り回されたが、嫌味なく付き合うあたり
人良さが滲み出ている。完全に現役を退いた後は、仙台のGKコーチに就任。
2015年からは、U-15、およびU-22日本代表のGKに就任。
最近、酔っ払って磐田の鈴木秀人コーチの元によく電話をかけているらしい。


岩丸史也(2004)
2004年に神戸からの期限付きで半年だけ在籍した選手。
余談だが、トレード要員として磐田が神戸に差し出したのがよりによって山本であり、
「どうみても等価交換ではない」とサポーターの間で指摘されていた。
ユース代表歴があり、将来を嘱望されていたが、入れ替わりの少ないGKという
ポジションの関係上様々なクラブを渡りあることになり、キャリアを通じて
7つものクラブに在籍した経験がある。磐田もその中の一つ。
加入時、佐藤が怪我で出られなかったため、磐田では7試合に出場している。
磐田在籍時のハイライトは、国立競技場でのFC東京戦。
この試合は、プロ初先発となった大井健太郎が前半36分に足裏タックルで一発退場、
その後ずっと攻められ続けるという過酷な展開だったのだが、
岩丸がスーパーセーブを連発しゴールを死守。FC東京の攻撃を跳ね返し続け、
0-0の引き分けに持ち込むことに成功した。まさかの活躍に、サポーターは狂喜乱舞。
完全移籍での買い取りの上レギュラー定着も、という声も上がるほどだったが、
翌年に川口能活が加入することもあって買い取りは見送られた。
翌年は群馬にレンタル移籍。さらに翌年には福岡と移籍を繰り返し、最終的には2014年に
群馬に復帰したシーズンを最後に現役を引退した。
引退後はサッカー界から身を引き、サラリーマンをしている模様。


松井謙弥(2004-2008)
小学生の頃からジュビロの下部組織育ち、かつアンダー代表の正GKという肩書を持ち、
磐田ユース史上最高傑作とまで言われ絶大な期待を集めていたGK。
基礎スキルが高く、磐田育ちには珍しくキック精度も高いというオマケ付き。
誰もが将来の正GKとして疑わなかった。しかし、そう期待通りにいかないのがプロの世界。
川口の加入という想定外はあったとしてもトップ昇格後磐田ではあまり実力が伸びず、
たまに起用されるカップ戦でも結果を出せない有様。コーチングの声が小さく、
プレーが消極的ともっぱら噂されるようになる。
そんな状況で出場した07年天皇杯一回戦順天堂大学戦、チームが6点を奪い快勝する一方で
松井は個人的なミスでゴールを許し、大学生相手に失点。
この試合を境に盤石だったはずの立場が不安定になり、また1年後輩の八田の方が先に
プロで通用する目途が立ったことから、2009年にはレンタルで放出されてしまった。
2010年には完全移籍でC大阪に移籍、磐田を退団している。
大成するポテンシャルを備えていただけに、彼の育成に失敗したことで磐田は
志村の登場まで「GKを育てられないチーム」というレッテルを張られることになった。
C大阪では一時的にレギュラーに定着することもあった模様だが完全定着には至らず、
放出されて徳島、川崎と転籍。2016年からは大宮に所属している。
昨季は磐田との天皇杯で八田との磐田ユース対決が実現。5-0で勝利し、
先輩の風格を見せつけた。


川口能活(2005-2013)
川口川口2
日本代表として長らく活躍した、説明不要の炎の守護神。
加入前から磐田は幾度となくオファーを仕掛け、2005年にようやく想いが通じて加入となった。
磐田在籍時は、ラスト1年を除いて怪我がなければ基本的にレギュラー。
川口加入時の磐田のフィールダーが既にかつての守備力を失っており、GKにはどうしようもない
失点が多かったため、活躍に反して防御率や失点数などの数字は残していないが、
自慢のセービング能力をいかんなく発揮し磐田のゴールを支え続けた。
2006年にはその活躍が認められ、Jリーグベストイレブンに選出されている。
2008年の入れ替え戦では顔面セーブで脳震盪を起こしながらもJ1残留を勝ち取り、
2010年のナビスコカップ決勝ではPKセーブで久々のタイトル獲得に華を添えた。
南アフリカW杯メンバーにサプライズで選出された時の歓喜は、なかなか忘れられない。
そんな彼も年齢には勝てず、プレーの精度の低下と共に怪我が増加。
残留争いをしていた2013年には八田にレギュラーを奪われチームも降格、
そのまま退団と相成った。退団後にファン感謝デーに招かれて退団の挨拶をしたり、
対戦時にサポーターが大歓声を送り川口もそれに応えるなど、チームとの関係は良好。
磐田在籍時の個人的なハイライトは、4-3で磐田が制した2006年の等々力での川崎戦。
3失点こそ喫しているが、この試合の磐田の被シュート数は実に26本。
その大半が枠内に飛ばされており、川口は90分で20本近くセービングするという忙しさだった。
余談だが、この試合の磐田のシュート数も23本に達しており、両チーム併せて
約50本ものシュートが飛び交っている。狂気の乱打戦として是非ともJの記録に残したい。
磐田退団後は岐阜を経由し、現在はJ3のSC相模原に所属。
かつての後輩である安永聡太朗の元、現役生活を続けている。


八田直樹(2005-)
八田
ユースの同期や先輩、後輩たちが次々と退団する中で磐田に在籍し続け、
気が付いたらNo.1の古株になってしまった生え抜き選手。
鋭いセービングを得意とし、スタンドを沸かせるスーパーセーブを魅力とする。
その一方で、磐田育ちのGKの宿命か、前に出た時の対応やフィールディングは苦手。
特にキック精度は数いるJリーグのGKの中でも指折りに低く、キックが直接相手に渡ったり、
ラインを割って相手ボールになったりと、不得意であることを伺わせるシーンが多い。
試合に出始めた頃は、キックがまっすぐ飛ぶだけでサポーターに拍手されたりしていた。
また、しばらくはメンタルが安定せず、相手サポの目の前でプレーするとあからさまに
動揺してミスをする癖があり、八田の出場時はキャプテンがコイントスに勝ったら
必ず逆エンドを選択していた時期もあった。メンタルについてはキャリアを
重ねることで改善され、現在では必ず逆エンドを選択することはなくなっている。
2009年、怪我で離脱した川口の代役を任されたことでJ1での経験を積み、実力が向上。
2010年以降もセカンドキーパーに定着、その頃から川口が怪我で不在となるケースが
増えたため、出場機会が増加し2010年から2012年の3年間でリーグ戦40試合に出場している。
2013年にはついに川口からスタメンの座を奪い、レギュラーの座を獲得した。
しかしその年の磐田の守備力が異様に低かったことが災いし、リーグワースト2位の
防御率を記録しチームも降格。さらに川口に代わって藤ヶ谷の加入が決定し、
再び第二GKとしてJ2初年度を迎えることになった。シーズン中の努力により
藤ヶ谷からもレギュラーポジションを奪ったものの、今度は山岸の乱に見舞われJ1昇格に失敗。
藤ヶ谷が去った代わりに今度はカミンスキーが加入、さすがにカミンからは
レギュラーを奪うことができず、2015年以降は第二GKの座を後輩の志村と
争う日々に身を投じている。出場機会こそ以前より減っているが、大神GKコーチの
指導が良いのか、このところはたまに出場すると以前より安定感が増している。
2016年、カミンの負傷によりリーグ戦に出場。3年ぶりのJ1での出場だったが
臆することなくプレーし、監督から「磐田の宝」と名指しで絶賛された。


牲川歩見(2013-2015)
牲川2
ジュニアユース世代からジュビロの育成組織で育ってきた生粋の磐田育ち。
世代別代表の正GKとして世界を相手に戦った経験があり、
将来の定位置を半ば約束されたような形で2013年にトップ昇格を果たした。
もっとも、経験が必要とされるGKというポジションの関係上、
将来性があるとはいえプロ駆け出しの彼が公式戦に呼ばれることはなく、
トップ昇格後の3年間でカップ戦含めて磐田での公式戦出場数は0。
J3のU-22選抜では2014年と2015年で21試合に出場したが本人は物足りなかったらしく、
プロ4年目となった2016シーズンに出場機会を求めてサガン鳥栖にレンタル移籍した。
しかし、鳥栖にはA代表候補の大型GK林が在籍しており、実力、実績共に後塵を拝する
牲川が試合に出られるはずもなく、こちらでも公式戦出場は無し。
試合勘を失っている間に世代別代表のレギュラーの座を失い、
リオ五輪の本大会メンバーからはも落選してしまった。
さらにその頃磐田では、正GKのカミンスキーと第二GKの八田が揃って負傷し
第三GKにお鉢が回るという緊急事態が発生が発生しており、結果として
磐田に残っていた方が出場機会を得られていたという皮肉な事態に。
さらにその時、代役として指名された後輩の志村がJ1の強豪を完封するなどの
成果を出してしまったため、立場が完全に逆転。
2016年の一年だけで、いろいろなものを失ってしまった。
2017年は、今度はザスパクサツ群馬にレンタル移籍。元磐田指揮官である森下監督の元で
出場機会を得て、再起を図っている。
凡ミスで失点するなど、かなり調子を落としている模様ではあるが、
なんとか復調して磐田で活躍してほしいところ。


藤ヶ谷陽介(2014)
藤ヶ谷
放出した川口に代わる正GK候補として磐田がG大阪から獲得したベテランGK。
札幌や大阪で名を挙げた選手だが、出身地は浜松で出身校も磐田東と静岡県西部に
ルーツを持つ選手であり、何気に地元への凱旋帰還での加入だった。
G大阪のJリーグやアジア制覇に貢献した実績豊富な守護神だが、
その一方でイージーミスで失点を重ねる「やらかし」のイメージが非常に強く、
その傾向が顕著だった2010年代前半には、GK個人のミスで失点することに対して
「ガヤる」という蔑称が付けられるほどにやらかし屋として有名なってしまった。
磐田加入決定時のサポーターの反応も悲喜交々、2012年のJ1で藤ヶ谷の防御率が
リーグ最下位だったデータを指摘し懐疑的な声を上げるサポーターがいる一方で、
同じ年のワースト2位が八田であったため、八田でも藤ヶ谷でも対して違いはない、
むしろ攻撃力があるだけ藤ヶ谷の方がいいという声もあった。
今更ながらリーグワースト1,2のGKでポジション争いをさせようとした当時の磐田の
判断は、狂気の沙汰だったと言って差し支えない。
一応、開幕前の八田とのポジション争いを制し、開幕を正GKとして迎えたが、
開幕戦でいきなりFKを叩き込まれ敗れるなど守備が安定せず、
北九州に3失点を叩き込まれ逆転負けした翌週から八田にスイッチ。
不運にもそれ以降一時的に守備が安定してしまったため、
そのまま第二GKとしてシーズンを終えることになった。
藤ヶ谷が出ていれば山岸事件が起きていなかったかどうかは、定かではない。
チームがJ1昇格に失敗したこと、またカミンスキーが加入することもあり、翌年オフに退団。
古巣のG大阪から逆オファーを受け、第二の故郷ともいうべき大阪に舞い戻っていった。
結果は残せなかったが、磐田の危機を救おうとしてくれた選手であることは事実であり、
サポーターからはきちんと感謝をされている。


カミンスキー(2015- )
カミン
服部強化部長が探し当てたJリーグ初のポーランド人。
前年、昇格に失敗したとはいえ八田が比較的安定していたので、加入が発表された
当初は「外国人枠をGKで使うなんて」という反応が多数見られたが、
シーズンが始まってからの大活躍でそれらの否定的な意見を一気に撤回させた。
シュートストップ能力が異様に高く、長距離、至近距離どちらのシュートに対しても
抜群の反応でゴールから弾き出す。また、相手FWとの間合いの攻防にも長けており、
決定的なチャンスであってもシューターとの間合いを的確に詰めることで
相手のシュートを枠外や自分の守備範囲に誘導することができる。
加入当初はJリーグのスピードに慣れず、バックパスをゆっくり保持してピンチを招いたり
することもあったが、大神コーチの指導の下でJリーグに適合してからは
プレスを想定したキックを習得、ミスは減少した。また、フィジカルも向上しており、
来日当初に散見された「触ったけど弾き出せない」という事象も解決傾向にある。
J1初挑戦となった昨季も、頻繁に好守を披露しチームの残留争いに大きく貢献。
怪我でシーズンの1/3を欠場していなければベストイレブンさえも狙えたほどの
インパクトを残し、シーズンオフにはリーグ王者の鹿島が獲得を画策した。
惜しむらくは、こんなスペシャルなGKがいても失点が50に達してしまう磐田の守備の脆弱さ。
他チームのサポからは「磐田はカミンスキーがいなくなれば終わり」と思われている模様だが、
残念ながら契約を2019年まで延長しており、仮にカミンスキーを取られることがあれば
磐田に多額の違約金が入る。その金持ってもう一度ポーランドからGKを買ってこればいい。
日本での生活、およびJリーグでのプレーは楽しいらしく、特に給料が毎月きちんと
支払われることに感動していた。どんな環境でプレーしていたのだろうか。
日本の治安の良さに感心するコメントをしばしば残していることも含めて、
割と苛烈な環境で育ってきたのかもしれない。


志村晃(2015- )
千葉の名門、市立船橋高校サッカー部から加入した将来性豊かなGK。
今年で加入して3年目を迎える。入団からしばらくは試合に出ているところは
見られないだろうというのが大方の見方であったが、加入2年目の昨季、
レギュラー格の選手に怪我が相次ぎ、高卒2年目にしてまさかのレギュラーに定着。
しかも若手とは思えない安定したプレーを披露し、FC東京やら鹿島やらといった
破壊力のある攻撃陣相手に完封を果たしてしまった。
予想外のブレイクにサポーターは狂喜乱舞。カミンスキーが復帰して以降は
再び控えGKとなり、今年もその立場は変わっていないが、
「いざとなったら志村がいる」という心強さはチームにとってありがたい。
ぜひとも将来的に成長した姿を見たい。

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