フットボール マンション

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カテゴリ:バーニング

 バーニングです。のすけさんの投稿を見て、こちらからも住人の一人として何かしらあいさつのようなものをしたほうがいいかなと思い、記事を書きました。
 まずは年末に書いた『通訳日記』レビューのエントリーが多くのPVを集めたようで、書いた甲斐があったな、やったぜという気分でいます。あくまで書きたいことを書く、のスタンスで書いていますが、その結果として多くの人に読まれるのはなんだかんだ嬉しいものだなと。
 暫定ですがフットボールマンション内の人気記事ランキングで2位にまで上がったので、次は1位をのんびりめざしてがんばります。

 さてさてあいさつがてら、今年の方針をちょっと書いておきます。

ゲームレビューを中心としたブンデスリーガの紹介
  
 最初の自己紹介でもブンデスをよく見ていると書きましたが、おそらく今年も継続的に見ていくことになると思うのでブンデス情報を書いていけたらなあと思ってます。
 1部2部合わせて日本人選手が数多く在籍しているので国内のメディアも頻繁に報じていますが、どうしても日本人選手の情報を中心として入ってくるので(バイエルンだけは例外として)日本人選手以外の情報もフォローできるようなエントリーを書くのが一つの目標。
 もっとも、香川真司や長谷部誠をはじめとして1部にこれだけ日本人選手がいると日本人選手に言及しないわけにはいかないので、バランスをとりつつ自分が見たゲームの要点や選手の情報を書くつもりです。

 香川真司が最初のシーズンで鮮烈な印象を放ったように、20代前半の若くて生きの良い選手が多く活躍しているのがブンデスの一番の魅力です。
 他国のリーグと違って外国人選手を多く起用できるせいもあってか、隣国のポーランドをはじめとして周辺諸国からたくさんの選手がやってきます。ドルトムントからバイエルンに引き抜かれるほど成長したポーランド人選手、レワンドフスキのようにドイツで大きく飛躍する選手はこれからもたくさんでてくることでしょう。
 最近ではエジルや香川がそうであるように、ドイツで活躍して他国へ羽ばたく選手も多くいます。香川は結果的に戻ってくることになりましたが、才能の原石があふれるリーグをウォッチする楽しさを伝えたいです。
 まあここ最近はバイエルンが強すぎですが、世界一の観客数を誇るリーグであり、かつほとんどのクラブが財政的に健全にクラブ運営を行っているという好条件がリーグ自体の魅力を強めているのだろうと思います。
 ドイツすげえ(結論)。 

サッカー本のレビュー記事 

 普段は小説ばかり読んでいて、それ以外だと社会科学系の本をフォローすることが中心な読書スタイルですが、フットボールマンションというサッカー関連の記事ならなんでも書いていいよ、という場所にいるのでサッカー本のレビューを積極的にやっていこうかなと思います。
 この前の矢野大輔『通訳日記』はその第一弾でした。第二弾以降に予定している本を、ちょっと紹介してみます(どれもまだ読んでいませんが)。

香川戦記 (イースト新書)
キッカー
イースト・プレス
2013-10-10



  サッカーメディアのキッカーが書いた香川真司に関連する記事をまとめた一冊。いまはドイツに復帰して苦しんでいる香川ですが、彼が最も輝いていた時代をサッカーを見る側としても振り返ってみたいなというところ。

サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか
クリス・アンダーセン
辰巳出版株式会社
2014-12-19

 
 プレミアリーグを中心にサッカーをデータから見る一冊。データ分析による予測はビッグデータとかなんとかで最近流行していますが、サッカーのようなスポーツでどのように戦術的に取り入れられているのかが気になるので楽しみ。Amazonレビューによるとサッカー版『マネーボール』のような本のよう。
 単行本をすでに手に入れたのですが、12月にキンドル化していたようで自分のタイミングの悪さを呪いたくなる。



 これはまだ入手してないですが、筆者(バーニング)の地元に居を構えているらしいサウダージ・ブックスという出版社がまず気になり、この本の解説をサッカーを中心としたスポーツ文化を研究している小笠原博毅さんが解説を書いているという点でさらに気になっている一冊。
 小笠原さんとは以前に一度お会いしたことがあるので気になっているのですが、編著者として『サッカーの詩学と政治学』という本も出しているのでこちらもいずれ読むかもしれません。こちらは完全にアカデミックな視点からサッカー文化について掘り下げた一冊だと思いますが、政治学専攻という筆者の経歴を生かしてやんわり解説できるようなエントリーを書けたらいいような(願望)。 

 
 そんな感じで、この二つの軸でサッカーについて掘り下げていくのがフットボールマンションにおけるバーニングの2015年の抱負です。これ以外にも何か面白そうなサッカーネタを思いつければ書いていきたいですね。
 今年は環境が大きく変わる予定なので文章を書いたり、そもそもサッカーを見るという環境をどれだけ整えられるのかはちょっと未知数ですけど、今年もサッカーを楽しみたいということには変わりないはずなので、改めてですが本年もよろしくお願い申し上げます。


■『通訳日記』はどのように書かれているか

 一部がスポーツ誌『Number』で連載されたあと書籍化された『通訳日記』をようやく読んだ。『Number』では今年のワールドカップ期間中の記述だけだったが、書籍となった本書はサブタイトルの「ザックジャパン1397日の記録」とあるように、矢野がザックと出会う直前からストーリーが始まる。
 本書をもっとも素直に読むなら、あくまで矢野の日記を圧縮した文章だという点に過ぎない。日記はあくまで日記なので、当然矢野が矢野の書きたいように書いている。書籍化を前提としてないだけあって、いまになって分かるオフレコ話がかなり多い。
 たとえば最終的にブラジルに行った23人には選ばれなかったものの、ザックが誰をどのように評価していたのかが具体的な言葉(断片的ではあるものの)で語られるのを読むのはなかなかに面白い。
 家長昭博と柏木陽介は途中まで他の常連組とも遜色ないほどの評価を受けていたことが分かるし、ブラジル行きの最後の一人が大久保ではなく、中村憲剛、細貝萌、そして南野拓実であるかもしれなかった。少なくとも矢野大輔が明かす舞台裏には、そうした事実があった。

 『通訳日記』は2010年の夏からスタートし、2014年のブラジルワールドカップで終わる。 大学ノート19冊にも及んだという日記の中で書籍になった部分がどれだけの量を占めるかは分からないが、書籍の中で一日分に割り当てられているページの量を踏まえるとかなり圧縮されていると言っていいだろう。
 矢野は元々19冊に及ぶ通訳日記を、いつか子どもに見せるために書いたようだ。代表の通訳という仕事柄、家を空けて出ることが多い矢野にとって、子どもたちに自分の経験をつまびらかに伝えるための、父親としての面目を集約した文章でもあったのだろう。それがさらに要約されて書籍化されたので、矢野の子どもにとっては19冊の膨大なノートの前に通る入り口として、ふさわしいかもしれない。 

■このエントリーの目的

 というように、概要と雑感はこんなところにして、単に内容だけをつらつら説明してもつまらないので本題に入ろう。
 本題はタイトルに書いたとおり、 「なぜコートジボワールに負けたのか」ということ。より具体的には、なぜワールドカップの初戦でコートジボワールに勝てなかったのか(1-2で負けてしまったのか)ということだ。
 単にコートジボワール戦の敗戦の要因を探るだけならもちろんゲームを見ればいいし、すでに書かれているゲームのレビューをいくつも読めば妥当なものは見つかるだろう。1-0でリードしたあとに思い切った展開ができなかったとか、1-0で先制したものの終止体が重たかったこととか。あるいは後半に途中出場したドログバをリスペクトしすぎたこと、などがすぐに思いつく。
 『通訳日記』の該当箇所を読んでもいくつかの要因らしきものが書かれている。 香川と長友のサイドが守備面で脆弱だったこと、攻撃はプラン通りにいかずチーム全体の重心が下がったこと、交替のタイミング……

  さて、このエントリーではこのゲームの敗因を、『通訳日記』に書かれてある記述をもとに少し迂回して読み解いていきたい。 つまり、何が遠因となってコートジボワール戦の敗戦につながったのかを探し求めたい。
 一種の仮説的なものであって唯一の答えを提示するわけではない。あの試合で負けた理由は実はこうではなかったのか、という一つの解釈を提示することが『通訳日記』に書かれてある4年間のスパンの記述を利用することでできるのではないか。前置きが長くなったけど、それがこの記事の目的だ。

■なぜ「自分たちのサッカー」ができなかったのか 

 ワールドカップの始まる前から「自分たちのサッカー」 という言葉が選手の口やマスコミの文言に何度も上がった。簡単に言うと、相手どうこうよりもまず自分たちの持ち味を出せるサッカーをしようというところだろう。
 この言葉自体というよりは、なぜこの言葉が何度も登場するようになったかを考えてみたい。一つは2010年の南アフリカワールドカップの戦い方に「自分たち」らしさを感じなかった当時の主力メンバーたちのリベンジという文脈があるだろう。今度こそは、引いて守るのではなく対等に向き合って攻めることで相手を制したいという流れだ。
 あるいは、ブラジル大会での組み合わせが2010年のオランダや2006年のブラジルのような 、10回やって1回も勝てない相手ではなかったからこそ、「自分たちのサッカー」という言葉がメディアを通じてより流布するようになったのかもしれない。

 そしてもう一つ、今回の代表は「自分たちのサッカー」で善戦した結果を経験として持っていたことも挙げられる。2012年のフランス戦、2013年のイタリア戦とオランダ戦、そしてベルギー戦といったように、イタリアをのぞけばいずれも2014年のブラジルで決勝トーナメントに進んだ相手と互角以上の勝負をした経験を、今回の代表は持っていた。
 しかし、2010年とは違った方法でアプローチするというその意思は、たとえうまくいった経験を持っていたとしても2014年のワールドカップの初戦で生きることはなかった。ギリシャ戦、コロンビア戦と比べても、もっとも持ち味を出すことができず、1-2という結果以上に完敗になってしまった。これはなぜなのか。

 『通訳日記』のpp.224~232に一つのヒントがある。2013年のコンフェデ杯でブラジルに完敗し、イタリアに善戦するまでの合間の期間の記述だ。
 ここでザッケローニは代表がメンタル面で不安を露呈する場合が二つのパターン存在すると選手に向けて話している。一つはフレンドリーマッチで集中力を欠くこと、もう一つは完全アウェイで怯んでしまうという状況だ。(p.230)
 コートジボワール戦は完全アウェイとは言えないまでも、1-0でリードしながらドログバやジェルビーニョといったフィジカルの強い選手に対して怯んだことは否定できない。それも短時間ではなく、かなり長い時間を通じて選手は相手に対して怯み、リードしていた前半の時点でチームの重心が下がってしまっていたことが『通訳日記』にも記述されている。

  これだけの条件を書き出すと、1-0というスコアはたまたま獲得したものであり、スポーツなので確実ではないものの逆転負けという可能性を色濃く残したまま前半を終えたことになる。
 また、後半にドログバを投入したコートジボワールと違って、相手を怯ませる交代カードを切ることもできなかった。大迫に代えて投入された大久保も、短期間での合流だったせいかかみ合っていたとは言えないし、よって相手の脅威になることができなかった。

■コンセプトの共有、インテンシティ、幅を出す

 では逆に、どうすればコートジボワールに勝てたのだろうか。これこそあくまで仮定でしかないが、コートジボワール戦での敗戦に欠けていた条件を今度は探してみよう。

 話をもう一度2013年のコンフェデ杯に戻す。ブラジルに0-3で敗れたもののイタリアに3-4で善戦した代表に対して、ザッケローニは「結果に結びついてもよかった」(p.256)と語っている。その上で欠けていたのはディティールでの詰めの甘さである。
 より具体的には、p.236に書かれてあるザックの言葉を借りると、コンセプトの共有、インテンシティ、幅を出すというポイントが挙げられる。注目すべきは、イタリア戦の敗戦をどうすれば回避できたかを述べる際に、「2012年の6月のシリーズ」のようにと挙げていることだ。
 2012年の6月と言えばワールドカップ最終予選の3連戦、オマーン戦(3-0)、ヨルダン戦(6-0)、オーストラリア戦(1-1)を経験したシリーズだった。ただこれはアジアの試合であって、ヨーロッパや南米とは比較することが難しい。と、多くの人は考えるだろう。筆者もどちらかと言えばその立場だ。
 しかしザックの頭の中には、相手がどこであっても先ほどの三つのポイントを抑えて、かつディティールの詰めの甘さをなくせばいいサッカーができると考えている節がある。
 これは面白いことに、先ほど書いた「自分たちのサッカー」という選手達の理念とも近い。 もっとも、ザックの頭にあるやりたいサッカーと、選手たちの「自分たちのサッカー」が相似形かというと、そうではないかもしれないが。

 また、2013年10月の欧州遠征、ベラルーシ戦とセルビア戦のシリーズを終えたあとにも、ザックはインテンシティ、ダイナミズム、ワイドさの三つが欠如していたと選手たちに話している(p.288)。ダイナミズムという要素はワイドさやインテンシティと結びついている要素だから、先ほどど言っていることはさほど変わっていない。
 この欧州遠征では、「自分たちのサッカー」を出すことができず、選手の間にもマスコミの間にもフラストレーションがたまっていた時期だった。それでもザックの頭の中で一貫している。アジアでも、コンフェデでも、そしてヨーロッパでのフレンドリーマッチでも、やろうとしていること自体は大きな違いはない。
 だからこそ大きくやり方を変えずに、11月のオランダ戦とベルギー戦での結果につながった、と解釈することもできるだろう。結果を差異したのは、ザックがやろうとしていたことができたか否かであり、選手の戦術の大きな違いではないのだ、と。

 であるならば、ワールドカップ初戦という予選通過を決めた代表にとって最も重要な一戦に位置づけられるコートジボワール戦で、ザックのプランはなぜ成功しなかったのか。

■再び、コートジボワールになぜ勝てなかったのか

 ではもう一度コートジボワール戦を再考してみよう。相手に対して怯んだのはかつても似たようなゲームがあったがゆえの可能性を提示した。過去に起きたことが本番でも修正できずにおきてしまった、というパターンだ。
 同様に、インテンシティ、ワイドさ、ダイナミズムといったコンセプトをどれだけ共有できていたかという視点からも見てみよう。失点シーンで欠如したのは守備面でのインテンシティだと思われる(2失点とも同じようなパターンからの失点だったので、とりわけ2点目は集中力が欠けていたと言ってもいい)が、ワイドさの欠如がダイナミズムをもたらせられなかったことがゲーム全体を振り返るとより大きな要因として考えられる。
 だから結果的に、ワールドカップ初戦という大事な場面でベラルーシ戦、セルビア戦と同じ失敗をしてしまったのだ。オランダ戦やベルギー戦で見せたプレー内容は、コートジボワール戦のピッチにはなかった。

 ワイドさ、ダイナミズムの欠如の要因は、長谷部と遠藤を併用できなかったこととも無縁ではない。遠藤がいれば幅をもたらすこともできるし、長谷部がいれば攻撃ではダイナミズムが生まれ、守備では全体が引き締まる。なによりみんなのキャプテンがいるかいないかでは、チーム内での集中力にも差が生まれたかもしれない。
 もっとも、0-1で破れたベラルーシ戦でも、2-2で善戦したオランダ戦でも長谷部と遠藤は併用されていないので、この二人の不在がチームの不調の直接的な原因ではないのだろう。
 ただ、チームの根幹であるポジションでもあり貴重なベテランでもあるこの二人は、メンタル面から見ても大きな要素ではあったはずだ。それはこの二人と本田を加えた「HHEミーティング」と呼ばれる密度の濃い議論が何度も何度も交わされていることからも、見てとれる。

■『通訳日記』をより面白く読むために 

 最初に書いたように『通訳日記』はあくまで舞台裏的な日記で、ザックや選手の発言部分は事実ベースだとしても、矢野大輔のエモーショナルなコメントも多々ある。参考資料の一つとして、と記事タイトルにも打ってあるが、この本もつまるところザッケローニ体制を振り返る一つの材料でしかない。しかし、かつてはなかったタイプの材料であり、味わいながら読むのは非常に面白い。 
 そもそもどのように読めばいいのかについては、『Number』が866号で『通訳日記』特集を組んであるのでそちらを読むのもいいだろう。両方買ってね、という文藝春秋の体のいい売り方だとは思うけど、トルシエ、オシムの通訳をつとめたダバディ、千田氏の対談や、ザックファミリーを4年間つとめたコーチ陣のコメントなど、思ったより読み応えがある。ジャーナリストの記事はいいのと悪いのとが半々くらいだったけどね。

  
Number(ナンバー)866号 「通訳日記」で読み解く14の教訓 ザックジャパンの遺産。 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィックナンバー))
Number(ナンバー)866号 「通訳日記」で読み解く14の教訓 ザックジャパンの遺産。 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィックナンバー)) [雑誌]


 今回のエントリーは『通訳日記』からコートジボワール戦の敗戦の要因がどの程度解釈できるのか、という試論めいたものなので、多くが結果論的な記述になった。
 けれども、サッカーのみならずスポーツにも多くの科学的分析が導入される現状では、こういう過去のエビデンスから遡ってゲームの敗因を探しだすような取り組みはもっとあってもいいと思っていたし、かなり雑にはなったが今回の成果は一応上に示した。
 結論自体は、ありふれているというか、そりゃあそうだよなと感じる人も多いと思う。ただ今回この記事を書いてみて面白かったのは、そうしたありふれた結論はすでに過去に何度も繰り返し認識されていることなのだということだ。それも一貫して認識されている。
 問い直すべきは、「なぜその一貫性がもっとも重要な場面で効果をもたらさなかったか」であり、「どのようにすればもっとも重要な場面で一貫性を発揮することができるのか」であるかもしれない。
 たとえば、ゲームの細かな戦術的なレベルの議論が必要だったのではなく、大局的に見たときの(とりわけ、コンフェデ杯~W杯までの最後の一年間の)戦略的なレベルでのチームマネジメントの可能性を、探るべきだったのではないか。(ただし、すでに長くなったので今回はここまでやりません)

 独立変数、従属変数という概念(説明変数、被説明変数と言い換えるときもある)がある。
 今回はコートジボワール戦の敗戦を従属変数として、敗戦につながった独立変数を探す旅を『通訳日記』という資料を片手にしてきたつもりだ。もっとも、より精緻な分析を行うには一冊の本だけでは資料が少なすぎるので、あくまでもお遊び的な、試論めいたものである。
 神は細部に宿る(という言葉も何度かザックは語っていた)し、ミステリー小説ほどでなくとも過去に伏線は必ずある。スポーツはすべてが必然ではないが、過去に多くのヒントがあるのだ。
 これまでの4年間を振り返る本を読む前にこのような心がけをしてみてはどうだろうかという一つの提案をして、この長い記事を締めくくりたい。

ヘルタ・ベルリン 0-2 ハノーファー
(44分:ブリアン、67分:清武)
http://int.soccerway.com/matches/2014/11/07/germany/bundesliga/hertha-bsc-berlin/hannover-96/1713575/

 ヘルタのホームで行われた試合だったが、ちぐはぐなヘルタと勢いのあるハノーファーという好対照さが0-2(オフサイドになった清武の幻のゴールを含めると、あわや0-3だった)という結果に表れている試合だった。
 この試合でも守備でのミスにつけこまれるシーンが何度かあったが、ヘルタはこの試合を含めたリーグ戦ここ5試合のうち、3-0で勝利した9節のハンブルガー戦以外の4試合で2失点している。7節のシュツットガルト戦ではPKを含む3ゴールで3-2となんとか勝利しているものの、次のアウェーでのシャルケ戦では0-2で敗戦しており、攻撃面で安定して点をとれているという状態とも言いがたい。
 簡単に言えば、攻撃でも守備でもムラがあり、そのせいで順位も中位から下位をさまよっているのが現時点でのヘルタというチームだ。
 守備の立て直しも課題だが、カルー、ベーレンス、原口と言った新加入の3人の外国人選手がゴールを効果的に奪えるような攻撃の組み立てができなければ、勝ち点3を継続的にとりにいくのは難しい。このままだと来季は久しぶりに2部降格という可能性もありえるだろう。
 この試合も前半こそカルーや原口がゴールに迫る決定的なシーンがあったものの、後半はハノーファーの勢いにおされ、76分には清武に素晴らしいゴールを与えてしまった。

 対して、ハノーファーは好調を維持している。6節~8節にかけて3連敗を喫してしまったが、上位のバイエルンやボルシアMG相手の負けは仕方ないと言っていい。その後9節のドルトムント戦のアウェーで奪った勝利以降、これでリーグ戦は3連勝となる。
 ホッケンハイムがケルンに敗れ、レヴァークーゼンがマインツと引き分けたことでハノーファーは順位を4位に上げた。ブンデスの中でも中堅どころのクラブとしてはこの躍進を続けたいところだろう。
 好調を維持しているのは連勝中すべてのゴールに絡んでいる清武の好調が大きな要因だが、同時に酒井宏樹も存在感を見せ始めている。昨季の後半から少しずつ出番を増やした酒井宏樹は、今シーズンはスタメンにほぼ定着し、攻撃面では清武の近い位置でプレーすることも増えている。
 はやめにプレッシャーをかけながら中盤を速く突破し、シュートチャンスを何度も作り出す。このようないまのハノーファーのスタイルは、酒井宏樹におそらく合っているのだろう。
 清武もこのチームで好調を維持すれば、アギーレ体制となった日本代表に呼ばれる日も近いはずだ。久しく代表に呼ばれていなかったフランクフルトの乾が代表復帰戦のホンジュラス戦(6-0)で2ゴールという結果を出したことで、同じブンデスリーガで戦う選手として刺激を受けたに違いない。呼ばれてないという意味では、刺激より悔しさかもしれないが。

 代表では清武がトップ下でプレーすることはほとんどなかったと思うが、トップ下として君臨する清武のチームとして機能し始めたハノーファーのサッカーは見ていて面白い。勢いで相手を制する今節のヘルタ戦のような試合もできれば、我慢して奪ったゴールを守りきったドルトムント戦のようなサッカーもできる。リーグが全然違うが、J2の湘南に近いサッカーを志向しているのかもしれない。
 上位陣の3チームであるバイエルン、ボルシアMG、ヴォルフスブルクほどの攻撃の破壊力はまだないが、ヘルタとは対照的に失点の少ないチームにもなりつつあることも好調を維持している理由の一つだろう。この順位を維持できるかどうかは、順位的には暫定で下位になっているホッケンハイムやレヴァークーゼン、あるいはシャルケのような攻撃力のあるチームと対戦したときの真価にかかっている。

 そんなところで、このゲームは両チームの今後の不安と期待を象徴するゲームだった。
 そしてこれはあえて書くことでもないかもだが、日本人選手4人が先発した試合はブンデスリーガでは初めてのことらしい。チームの中心選手になる選手が増えてきたことを、象徴していると言えるだろう。

テーマ:サッカーの世界に入った経緯

 すでにいくつか記事が投稿されているのでなんとなく把握している閲覧者も多いと思いますが、マンション管理人のポンチョビ国王からの提案で、定期的に意見交換という形で共通テーマを設けることになりました。
 このテーマが決まるまでの簡単な経緯はtakuさんの記事で少し書かれているので、そちらをどうぞ。

 いまでは当たり前のように週末になったらサッカーを見る生活を送っているわけですが、そういえばサッカーと俺との出会いってどこだっけ。
 主な趣味がネットや読書やアニメを見ることだったりするので、ある時期からは完全に文化系な人間な人間だと思われているけれど、実はそうじゃないっていうお話から始めましょう。(長くなりそうだ)

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1.サッカーとの最初の出会い(1990年代前半)

 一番最初にサッカーと出会ったのはJリーグ。
 筆者は1990年生まれなので、開幕してからの数年はまだまだ幼いころ。サッカーを見てたというはっきりとした記憶はないけど、シールだけはいっぱい集めていた。
 正確には覚えていたというか、当時のシールがいまでも実家の壁にぺたぺた貼られているので、それを見るたびに自分の原体験をなんとなく思い出すことができるようになっている。

 
じゃあシールを集める流れで自分もサッカーをするようになったかというと、そう単純ではない。
 90年代初頭というのはバスケマンガの『スラムダンク』の時代でもあり、最初はマンガではなくてテレビアニメから入ったんだと思うけど、いつのまにか父親にバスケのリングをねだるようになり、幼稚園生くらいのころには庭にリングを買ってもらった。
 一緒に誰かとバスケをするというよりは、三井寿が好きだったのでとにかく日が暮れるまでシュート練習をしていたような、そんな日々。なかなかサッカーの入る隙間はなかった。

2.サッカーをプレイする (1990年代後半~2000年代前半) 

 それでも局面というのは変わるもので、小学校3年生~4年生の間に地域のスポーツ少年団でサッカーをやるように。
 でもこのときの第一の目的は体力作りであって、サッカーが特別好きだったとか、サッカーをうまくなりたいという向上心は強く持っていなかった記憶。
 庭以外でバスケをプレーするような場所が田舎にはなかなかなかったので、仕方なくサッカーみたいな。
 で、そのサッカーも同学年の子たちや先輩たちがどんどん上手くなっていくなか自分はそうでもなく、試合にもなかなか出してもらえずにずるずると辞めて(本当はもう一つ大きな契機があったのですが、そこは内緒で)バレーボールに転向。
 このバレーは小学校6年生まで続けて、中学からは陸上部に入ったのでいくつかのスポーツを経験することはできたけどサッカーからは遠ざかっていく人生だった。ちなみに中学にはサッカー部もバスケ部もなかったし、バレーはもういいかなと思ったので陸上くらいしか選択肢がなかったという寂しさである。 

 まあそれはそれでいいとして、実は陸上部に入ってから久しぶりにサッカーをやる機会が数は少ないけれどあった。
 ちょうど中学1年(2002年)のときに日韓ワールドカップがあったせいで自分の中のサッカー熱が高くなっていたのがこの時期。
 部活の話に戻すと、大きくないグラウンドを野球部と陸上部で使っていたのが放課後の風景だったんだけど、オフシーズンになるとどちらの部でもグラウンドを使う機会は減少する。(主に体力作りのために学校外でのランニングを増やすため)
 そこで、ランニングや筋トレだけでは身につかない横への動きだとか、単調なトレーニングを補うために野球部対陸上部でサッカーをすることが(確か週一回程度)いつのまにか冬場の恒例行事になっていた。 
 最初は普通にゲームをやっていただけのはずが、途中から地域の指導者がやってきてサッカーの練習をやったり、ゲームでもボールを2コに増やしたりポジションを入れ換えながらプレイしたりと、サッカー熱が上がっているのにサッカーをプレイする機会の少ない田舎の中学生にはめちゃくちゃ楽しい時間だった。
 一番「楽しく」サッカーをやっていたのは後にも先にもこの時だろうと思う。体育の時間のサッカーとはまた別の、野球部を倒したい(野球部なのにサッカーも強いので)という思いがあったり、日が暮れて真っ暗なグラウンドの中でボールを蹴り合うという環境自体がなにより楽しかったのをぼんやりと覚えている。

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 サッカーは楽しいもの。サッカーチームに入っていた小学生のときには分からなかった感覚が、陸上部に入った中学生になってから分かるというのはなかなか面白いものだ。
 もちろんワールドカップの影響もでかくて、開催期間中の学校での話題はサッカーのことだらけだったように思う。
 決勝T1回戦のトルコ戦は学校が午前中授業だったのになぜか陸上部だけ午後から練習メニューを組まれており、チュニジア戦はともかくこの試合を生で見られなかったのはけっこう悔しかった。
 それでも部員の誰かが持ち込んでいたラジオをグラウンドの片隅に置きながら、「いまどう? 点入った?」なんて会話を交わしていたのも、いま振り返るとなつかしい思い出だなと思う。
 ラジオですよ、ラジオ。いまだったらスマートフォンでテキスト速報が見られるわけで。というかツイッターで流れてくるけど。

 いくつかの偶然が重なって、中学生という多感な時期にサッカーに触れることができた。自分でちゃんとゲームをテレビ観戦するようになったのもこのころからで、代表戦はほぼ必ず見ていた。
 最初にあげた読書、ネット、アニメという三大趣味も、中学時代の経験が大きなきっかけになっている。サッカーも実はその一つだったんだなと、このエントリーを書いていて個人的に振り返ることができた。
 
 まだまだ新しい住人になったばかりだけど、「サッカーは楽しいもの」ということを自分の文章で少しでもうまく伝えられるように、今後もこの場所で暮らしていけたらと、今回のテーマを書き終えて思っている。
  

  香川真司の復帰戦と言うことで、全ルール地方、いや、下手しなくても全ドイツ中の注目を浴びたかもしれない一戦。
 同時に、3日後に欧州チャンピオンズリーグ(以下、CL)初戦を控えているという状況も、ドルトムントにとってこの一戦の重要さを意味している。

  さて、しかしながら開幕2試合のドルトムントはピリッとしない。
 開幕戦のホーム、レヴァークーゼン戦は、0-2というホームチームらしからぬ戦績で終え、続く2戦目のアウグスブルク戦はアウェーで3-0と突き離しながら3-2と追い付かれて終わる展開だった。

 クロップ監督も2試合で4失点は多いと語っていたように、ディフェンスラインの立て直しが急務になっている。
 守備陣にけが人を複数抱えている事情もあるが、それは攻撃陣でも同様。ラモスとインモービレといった新しいフォワード加入することで攻撃のバリエーションは増えたかに思われる。

 ただ、中盤で重要な役割を果たすギュンドアンは復帰にはまだ時間がかかりそうな上、9月に入って行われた代表戦(スコットランド戦)でロイスが負傷するという緊急事態に陥っている。
 天才的なゲームメーカー、シャヒンもまだ復帰に向けて途上だ。バイエルンに移籍したレワンドフスキの穴は2人の新しいフォワードとオーバメヤンの存在でなんとかなるかもしれないが、中盤は非常に心許ない。

  といった形で試合前の簡単な整理を終えるが、スタメンを眺めた上でのこの試合の個人的な注目点は、次の3つ。

Point in the game
1.失点をなるべくせずに勝つことができるかどうか
2.レワンドフスキの後釜としてのラモスの役割
3.香川真司のコンディションとチームへのフィット

 とりわけ、個人的な関心は1つ目の失点をいかに防げるか(あるいは少なく抑えられるか)にある。
  昨シーズン14位、今シーズン2試合勝ち星なし&無得点のフライブルクをホームに迎えるので、余分な失点はいらない。シーズン序盤ではあるが、キッチリ勝つことができるかどうかがCL初戦(アーセナル戦)に向けても重要だ。
 CLでは勝ち点を確実にとりながら、同時に相手にアウェーゴールを与えないことが勝ち進むために重要になる。なので、失点の少なさはリーグ戦ではもちろん、CLの舞台でも重要さを持つ。
 
【前半】

 立ち上がりから15分ほどはお互いにボールが落ち着かない。
 ドルトムントはワイドに展開しながらオーバメヤンを走らせたり、香川にボールを持たせたりするがパスミスも多く、ポゼッションしながらもボールを奪われ逆にカウンターを食らう展開が目立った。

 ただ、フライブルクにも目立ったアイデアがあるわけではなく、相手選手のパスミスを奪って速攻を仕掛けるが戻りの早いドルトムントのディフェンスラインは崩せない。
 たとえばウイングのシュミットがボールを持って右や左から押し上げようとするが2人目3人目の選手はまだ来ない、という感じ。互いに縦に速いサッカーをやりたいはずなのに、ワイドに開いたあとのアイデアと人の数が足りていない印象。

 ドルトムントはポゼッションできているが、全体的にスピードが上がらないし、攻撃のスイッチを入れる選手がいないせいかもしれない(シャヒン、ロイスの不在はこの点では大きい)。
 ワントップはラモスだが、ボールがなかなか前に上がらないので15分あたりからラモスが下がり、グロスクロイツやシンジ並んでゼロトップのような形を作っていた。
 20分ごろの惜しいシーンはゼロトップ状態で攻撃的MFの4人が実質的に1列目になった状況から生まれた。狙っていたかどうかは分からないが、選手間の距離をつめたことでボールを回しやすくなり、お互いの位置を確認しやすくなったと言えるだろう。

 対してフライブルクは、守るときは4-3-3でラインをキッチリ作る戦術をとっていた。ボールを回させ、ドルトムントの攻撃陣をワイドに逃がさない。
 このことが結果的にペナルティエリアへの侵入を防ぎ、脅威となるプレーをさせないことにつながった。
 また、ドルトムントの中盤がボール回しでもたついている間にスティールからのショートカウンターを何度も仕掛けていた。ペナルティエリア付近でカットされるものもドルトムントよりもむしろ積極的にゴールに向かっていたといい。

 こうした状況が30分を過ぎてようやく変化する。一つの変化の理由は、香川真司が最終ライン付近まで下がったことだろう。
 ボールが落ち着かないことに業を煮やしたのか、マンチェスターにいたときとは考えられないくらい柔軟に、かつ自由に動いていたのは印象的だった。
 本田圭佑という絶対的なゲームメイカーがいる代表では、こうした香川真司の献身さはなかなか見られない。

 こうした中、ラモスが再びワントップの位置に戻ることでやや孤立しがちだったものも、香川→グロスクロイツへのアウトサイドでのパスとグロスクロイツ→ラモスへの折り返しからのラモスの先制点がようやく生まれる。
 いくつかの記事を読むと香川がボールをキープしてグロスクロイツの上がりを待ったことが評価されていたが、状況に応じてゼロトップにもワントップにもなれるラモスのポジション取りの妙があったことも指摘しておきたい。

 1点目は右サイドでの展開だったが、41分の2点目は左サイドの展開からゴールが生まれる。
 ここではラモスが右に流れ、中央に抜けてきたムヒタリアンがスルーし、その左でフリーになっていた香川が押し込むというゴールだった。
 センターライン付近でのショートカウンターから多くの選手が絡んで生まれたこのゴールは、ドルトムントらしいと言ってよいだろう。

 このまま前半は2-0で終了。1点目と2点目は絡んでいる選手はほぼ同じだけが、点をとるまでの流れが大分違うのはポイントとして大きい。
 本来のドルトムントは2点目のようなゴールを量産するチームだけど、1点目のようなゴールも増やせればバリエ―ショが増やせる。
 とりわけ、攻撃が膠着しており、かつシャヒンやロイスがいないときに1点目が生まれたのは大きな意味があると思う。

【後半】
 
 文章量で分かるかもしれませんが前半を真剣に見過ぎたため後半はあまりメモをとらず、だらーんと眺めていた。

 2-0になったこともあってかフライブルクが守備から入る戦術からワイドに展開しながらドルトムントと組み合うサッカーに転換。
 ドルトムントとしてはポゼッションしやすく、かつスペースが増えたためにカウンターに持ち込みやすくなり、3点目、4点目がいつ生まれてもおかしくない状況になった。
 
 途中、香川真司が足をつって64分にインモービレと交代するというアクシデントが起きる。
 しかし、インモービレはこの試合では最後まで目立ったプレーはできず、連携の面でも最後までやや孤立しがちだった。
 
 対照的なのは75分にラモスと交代し、3分後にドリブル突破からそのままゴールまで持ち込んだオーバメヤンだろう。
 昨年リーグ戦では早々にバイエルンに勝ち点を離されてしまったドルトムントは、けが人を補うだけの選手がベンチに十分にいなかったことが課題だった。
 今季点取り屋だったレワンドフスキがいなくなったとは言え、体型もタイプも違うフォワードが3人いるならば特定の誰かに依存することもなく、長いシーズンを戦っていくこともできるはずだ。

 このまま3-0で終わっていたならば気持ちよくアーセナル戦にのぞめたはずが、90分にソングの放ったパス性のシュートがディフェンスとキーパーの間をするすると抜けて決まってしまい失点。
 3-1ならば快勝と言えるが、ディフェンスラインの課題を残したまま、かつ失点の時間帯が悪いという点で後味の悪い結果となってしまった。

【総括】 

 
ドルトムントはホームゲームで初めての勝利を、フライブルクはアウェイながら今季初得点を手に入れた。

 フライブルクは途中までではあるが、守りを固めながらもシュツターやシュミットのいる右サイドからドルトムントを攻め立てるという本来のサッカーもできていた。
 3失点は褒められたものではないが、フライブルクもドイツ代表のギンターやGKバウマンが移籍したディフェンスラインの構築は課題としてあるものの、若い成長途上の選手が多く(たとえばセンターバックをつとめたケンプフはまだ19歳だ。プレーが少し雑だったが)今後の挽回は十分ありえる。
 しかし、攻撃面のアイデアをなんとかしなければホームで勝ち点3を積み上げることが難しく、残留争いに巻き込まれても不思議ではない。 

 ドルトムントはひとまずアーセナル戦へ弾みがついた上に、攻撃面で香川真司が早速2得点に絡んだ(2点目は自分で決めた)ことは大きな嬉しいサプライズだろう。 
 あとは誰が中盤でボールを抑えゲームを作るのか。今回だと、香川なのかムヒタリアンなのかが前半ははっきりしない時間が多かった。
 最初の3つのポイントで香川のコンディションを挙げたが、香川真司は試合勘は大分取り戻しつつあるようだが体力面でまだ追いついてないように見える。フルで出られるようになるにはまだ時間がかかるだろう。逆に、チームへのフィットは比較的早く行われそうだ。
 また、シャヒンやギュンドアンがいない中でボランチからの攻撃をどう作り出すかは攻撃面でのさらなる課題で、今回の前半のフライブルクのように、引いてしまってスペースを減らされた状況をいかに突破し、ゴールにつなげられるかが重要だ。

 守りながら攻めるゲーゲンプレッシングとは違い、ボールを持ちながら相手の数少ない隙を確実につけるようなサッカーができれば相手に合わせたサッカーをすることができる。
 そうではなく、パスの出しところが分からない上に下手をしてフライブルクにカウンターを食らう展開が途中まで目立ったのはまだまだ相手に合わせたサッカーの途上だということの表れだろう。

 もっとも、火曜日に行われたアーセナル戦(ドルトムントのホームで2-0で勝利)のように相手が強豪で真っ向から組み合うサッカーならばゲーゲンプレッシングも生きてくる。
 ポゼッションはほぼ互角だが、フライブルク戦の倍近いシュート本数を誇ったのはドルトムントがまさに「自分たちのサッカー」を実践できたからだ。しかしそれがいつでもできるわけではないことは日本人ならばおそらくよく知っている。
 昨季よりは格段と選手層の厚くなった(けが人が多いとは言え)ドルトムントはより攻撃の戦術的なバリエーションを増やしてほしいと、個人的に期待している。 


 なんかやたら長くなった気がするけど、初めてのゲームレビューは以上です!  次からはもう少しポイントを圧縮しよう。。

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