フットボール マンション

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カテゴリ:カサイゴートク

さて、前回の記事では「とあるスポーツでJ2を疑似体験」というトピックを取り上げたわけだが
(URL:http://football-mansion.blog.jp/archives/65893600.html)
そのチームの状況は今年のJ2に例えるなら清水エスパルスに近いと考えている。

そんな清水は今週は対松本山雅、来週は対セレッソ大阪と
J1復帰へ向けて極めて重要な連戦が控えているわけだが
くしくも今日、その私の贔屓のチームにとっては
清水にとってのその2連戦に匹敵する大一番が横浜市内で行われる。


何のことかさっぱりわからんという方は
お気軽にコメントもしくはツイッターでメッセージをください。
(※ただしサッカーではないのであしからず)

久しぶりの投稿がポエムであることをご容赦願いたい。

ご存じのとおり、J1残留に向けて新潟の現況は非常にマズい。
個人的な主観では2012年を超える危機的状況かもしれない。

「その時」が来たら、おそらく悔しさと悲しさに数日間支配されてしまうだろう。

だが、これだけは言いたい。

”2016年の正月に味わった悔しさと悲しさと絶望感”

に比べればどうということはない。

すでに私はJ2降格に匹敵する悲劇を、そして次のシーズンに向けての絶望感を
今年の正月に体験済みなのだ。
(※ここではあまりにもジャンルが違いすぎるのであえて多くは触れない。)

もしも新潟がJ2に降格しても、私が正月に味わったものを超えることはまずない。


そして、10月15日

新潟に起こり得る「最悪の未来」を疑似体験できる戦いがやってくる。

正月に失ったものを取り戻すための
負けたら失うものだらけの

苛烈な戦いが待っている。


私にとってのベストバウト
それは2012年J1最終節の新潟ー札幌戦である。

最終節までの経緯と試合内容は
Wikipediaに任せるとして
ここでは当日の私の心境などを中心に
語ろうと思う。


私はこの試合を


「新潟のJ1での末期の水をとる」


という覚悟を持って観に行ってきた。



試合終了から最終順位の確定までの数分間が
まるで数十分、数時間に感じられたのが今でも思い出される。

そしてスタジアムDJが新潟のJ1残留を告げたその瞬間

まさに「奇跡の生還」だった。

あの場に立ち会えたことを、私はきっと忘れることはないだろう。



今日はかつてニッポン放送で放送されていたラジオ番組

「独占!Jリーグエキスプレス」

の一コーナーについて語ろうと思う。

その番組では「モロビームを超えろ!」というコーナーがあった。
これは、素人のリスナーが「Jリーグのゴールシーンを妄想実況」して
その中でナンバーワンを決めるというものであった。

昨今では実況がへたくそだの改善しろだのと「ネットの世間」の声は確実に大きくなっている。
そんな中でもう20年以上前に聴いていたラジオ番組の一コーナーをふと思い出したのだ。

そしてそこから私の考えを暴論承知の上で述べよう。

いわゆる有名大学には「アナウンス研究会」という名のサークルが存在している。
構成員は当然アナウンサーになりたいとか何かしらの強い興味を持つ学生である。
そして、どうやら大学対抗で実況コンテスト?もやっているという。

そこで思いついたのだが、副音声実況で「大学生の実況チャンピオン」に
実際にオンエアーを担当させてみるというのはいかがだろうか?

一試合限定とかなら、「最大瞬間風速」でかなり質の高い実況ができるのではないか?
とも思うのである。

プロの「品質低下」に嘆くくらいなら日替わりでアマチュアのトップにやらせてみようというのは
外道な考えなのだろうか?



テーマ:サッカーの世界に入った経緯

とりあえず自分にとってターニングポイントとなった出来事を時系列で追ってみようと思う。

エピソード1.Jリーグの始まりとドーハの悲劇(1993年)
当時私は小学校6年生であった。その華やかさ故にクラスの中でも日々話題になった。
そしてみんなでドーハの悲劇を残念がった。
あの頃私はヴェルディ川崎(これもまた歴史を感じさせる言葉だ)にのめり込んでいたが
当時の私に今のヴェルディの惨状を話したとしても、きっと信じまい。

別の機会に触れようと思うが、ニッポン放送の「独占!Jリーグエキスプレス」という番組に
のめり込んでいたのもいい思い出である。

エピソード2.日韓W杯(2002年)
当時は毎日のようにサッカーを見ていた。「世界のサッカー」に入るきっかけになった大会でもあった。
恥ずかしながら、UEFACLの存在を知ったのはこの頃で、当時TBSで放送されていた
貴重な地上波のUEFACLを見るために寝るタイミングに悩まされることが多くなった。

エピソード3.アルビレックス新潟との出会い(2005年)
新潟のJ1一年目という記念すべき年である。
ある意味「親の出身地」という無理やりな理由でファンになったチームである(笑)
ものぐさな性格と社会人になっての忙しさ(これを言い訳にするという時点で(ry)故に
ビッグスワン初参戦へはそこから5年の歳月を要することとなる(笑)
日々新聞やらテレビでチェックするという状況であった。

エピソード4.ビッグスワン初参戦(2010年)
矢野貴章が南アフリカW杯メンバーに選ばれたことをきっかけに(笑)、ついにビッグスワン初参戦となった。
W杯メンバー発表直後の山形戦であった。
そこから2年間、往復700㎞の日帰り大旅行だらけな土曜日が始まるのであった(笑)

エピソード5.FBMへの入居(2014年)
昨年以降、プライベートの都合上ビッグスワンへの日帰り大旅行が全くできず、それがきっかけで
サッカー観戦への情熱が薄れかけていたところへtakuさんからFBM入居のお誘いをいただいた。
この場所は、私が憧れていた「物書き」の世界をかなえてくれる場所でもあった。
そして再びサッカーへの情熱に火が点こうとしている。

10年後、20年後、30年後、どんな「エピソード」が生まれているのか
さまざまな妄想をしながら、この項を締めさせていただく。











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