フットボール マンション

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カテゴリ:夜磐

皆さんこんばんは。
夜磐です。

本日行われたJ2 岐阜-松本戦で、珍しい出来事がありました。

ユニフォームの見分けつかず試合中断…岐阜と松本の一戦で珍事発生(SoccerKing)
https://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20170312/561970.html

岐阜の深緑のユニフォームに対し、同じチームカラーの松本は
グレーの2ndユニフォームを用意しましたが、見分けがつきづらく
選手が敵と味方を誤認してパスミスをする事象が発生。
結局、岐阜が白の2ndユニフォームを着用することで
事態は収拾しましたが、試合中のユニフォームチェンジ、
かつホームチームが2ndユニフォームを着用するという珍しい事態に
注目が集まっています。

サッカーファンの反応もさまざまですが、その中で
「ホームゲームなのにチームカラーのユニフォームを変えさせられる
岐阜が可哀相」という意見がありました。
言っていることはもっともなのですが、実は長いJリーグの中で、
ホームゲームで2ndユニフォームを着用したチームが他にもあります。
しかも、試合途中の変更ではなく、試合開始からずっと。

なぜ私がそんなことを知っているのかというと、
そのチームの1つこそ我らがジュビロ磐田で、
しかも私がその試合を観戦していたからなんです




それでは、実際にその試合の様子を見ていただきましょう。







時は遡る事21年前、1996年5月1日のジュビロ磐田スタジアム。
ジュビロ磐田と、今は亡き横浜フリューゲルスの試合です。

アウェイ1

改修前のヤマハスタジアムで行われている
ジュビロ磐田のホームゲームですが・・・


アウェイ2

磐田のユニフォームが白い・・・

どう見ても2ndユニフォームです。



Q.何故こんなことに?
A.両チームの1stユニフォームの見分けがつきづらかったため。
白を基調とする横浜フリューゲルスに対し、ジュビロ磐田は
水色基調でありながらも色素が薄いユニフォームであったため、
見分けがつきづらいと判断され、ホームゲームで2ndユニフォームを
着用することになったのです。
ホーム1
当時の磐田の1stユニフォーム。



ちなみに同じ年の横浜フリューゲルスのホームゲームでも・・・

ホーム2

やっぱりどっちも2ndユニフォームでした。

自分が知る限り、ホームゲームで2ndユニフォームを着用したのは
ジュビロ磐田と横浜フリューゲルスの2つだけです。
「他にも知ってるよ!」という人がいたら、ぜひ教えてください(笑)。


ちなみにですが、チームカラーが白だった横浜フリューゲルスは、
ユニフォームの色が他のチームと被る機会が少なく、
ほとんどの試合を1stモデルでこなしたそうです。
特に、先ほど画像を貼ったモデルは、対磐田戦の2試合でしか
着用されなかったので、幻のユニフォームとまで呼ばれていたそうで。

当時の自分は小学生で、自発的に試合を見に行くことができなかったので、
数少ない観戦でそんな貴重なユニフォームを拝めたのは、
自分らしくもなく幸運だったと今にして思います。

・・・まぁ、その試合は、前園の大活躍で磐田さん負けたんですけどね(笑)

いじょーです。

皆さんこんばんは。
夜磐です。

昨日NACK5スタジアムで、大宮アルディージャvsジュビロ磐田の
試合を観戦してきました。

試合は、既報の通りジュビロ磐田が2-1で勝利。
磐田さんは今季初勝利です。

DSC_2257

今宵の話題は、試合の感想というよりも、
先制点となった中村俊輔のFKについてです。

開始直後の前半4分、ゴールまで約17メートル、中央左寄り。
ファーサイドに向かって放たれたボールが、
鋭くネットに突き刺さりました。



磐田サポが陣取るゴール裏とは反対側のゴールでしたが、
NACK5スタジアムは反対サイドでもよく見えますので、
ボールがゴールに収まる軌道がよく見えました。
FKを獲得した瞬間にスタンドが一気に「中村!」と
期待するのがわかりましたし、きちんとその期待に
応える中村俊輔は、FKについては本当に凄いな、と。
決まった瞬間のスタンドは、先制ゴールという事実に沸きながらも
散々期待していた中村俊輔のFKのゴールを見られたという
独自の興奮も多分に含まれていました。
今季の磐田の公式戦初ゴールであると同時に、
彼個人の磐田移籍後初ゴール、しかも貴重な先制点ということで、
いろんな要素が絡んでいたこともありますが、
彼のFKには独自の空気感があるようです。
おそらく横浜FMのファンは散々に味わっている感覚でしょうし、
磐田ファンの自分も味わうことが出来て、非常に光栄です。

中村が蹴る前の太田の跨ぎにピッチ上の誰一人引っかかっておらず、
「あれやらなくても入ったな」と勝手に思っていたのですが、
あれは大宮GKの加藤の様子を伺うために中村が太田に
お願いしたとのことで、加藤の反応が速いのを見て、
蹴るコースを変えた模様。
いろんな駆け引きを経たが故に、本人曰く「コースが甘かった」
キックでもゴールになったのでしょう。

ゴールを決めて自陣に戻りながらこっちのゴール裏に
向かって拳を突き上げる彼の姿を見て、胸が熱くなりました。
ようこそ磐田へ。俺たちのイ中間、中村俊輔。


■川又も初ゴール
この日は中村だけでなく、川又も移籍後初ゴールを決めましたので、
そちらについても言及。一応、この試合の決勝点はこちらでしたしね。

 

川又はアップのシュート練でもぜんぜん当たっていなかったので、
今日は当たっていないのかと思いましたが、相手のミスを逃さず
しっかりと追加点を決めました。
インタビュー記事を読んでいると、テレビで見せる明るい一面とは裏腹に
ストイックなメンタルを持っている印象を受けるので、
初ゴールが遅れたら自分でプレッシャーを強めるような気がしていました。
なので、ここで結果を出すことができて、チームとしては
もちろんですが彼自身にもよかったと思います。

ゴールシーンについては、大宮の菊地のミスの要素が非常に大きい
気もしますが、川又が身体を張って突進しなければ
ゴール前に持ち込むことはできませんでしたし、ミスを
逃さなかったことに胸を張っていいと思います。
後半のチャンスを決めていれば、タイムアップを待たず
この試合は決まっていましたが、それは次以降に
とっておくことに致しましょう。

彼もゴールを決めた後、ユニフォームの胸のエンブレムを
アピールしながらスタンドに駆け寄ってくれました。
ただのパフォーマンスだとしても、こういう姿を
見せてくれるのは、サポーターとしては嬉しいものです。
ようこそ磐田へ。俺たちのエース、川又堅碁。

皆さんこんばんは。
夜磐です。

趣味になるものって、何かしら「ハマるきっかけ」ってありますよね。
読書が好きな人なら物凄く心に響く一冊を読んだとか、
散歩が好きな人なら滅茶苦茶気持ち良い場所を歩いたとか。
緩やかにハマったとか気付いたら好きになってたっていうパターンも
ありますが、ハマったきっかけになった記憶って、
色濃く耽美に脳裏に残り続けるものです。

さて、サッカー観戦を趣味の一つとしている当方ですが、
上記の話をわざわざ引っ張り出したことから伺えるように、
当方にもサッカー観戦にのめり込むきっかけになった瞬間があります。

それは、15年前の初秋迎えた頃。
2002年9月14日のことでした。

  cono

当時、黄金期の絶頂にあったジュビロ磐田ですが、
実は当方、この頃は今ほどに熱心にジュビロ磐田を
追いかけてはおりませんでした。
テレビで試合を放送していれば見ていましたが、
スタジアム観戦は年一回あれば良い方でした。
それが、この磐田-浦和戦だったのです。

当時はまだ磐田と浦和の力関係は、圧倒的に磐田が優勢でした。
まだ浦和が強くなる前の時期で、弱い印象しかなく、
まさか負けるとは思っていなかったのですが、なんとこの試合では
ミス絡みで2点を先行され、2点ビハインドで後半の
ロスタイムを迎えてしまったのです。

ちなみにですが、この年磐田は年間で3敗しかしていません。
この試合の時点では、まだ1敗のみでした。
「なんでよりによって見に来た試合で負けるんだろう」と
テンションが下がっていた後半ロスタイム、磐田が
ゴール前の角度のない位置からFKを獲得しました。

キッカーは名波浩。
誰に合わせるのかなぁ、とボケーッと眺めていた、その時でした。


本人以外の全ての人の予想を裏切り、
優雅な軌道を描いてゴールに飛び込んで行くボール。
一瞬の静寂の後に爆発するスタンド。
踵を返して自陣に走って行く背番号7。


なんだ、これ。
すっげぇ、かっけぇ。


本当に凄いと感じた瞬間って、声が出ないんですよね。
ガッツポーズをとるでも、絶叫するでもなく、
ただ立ち上がって呆然と名波選手の方を見ていました。
それまでの人生の中で他の何にも感じたことのないほどの憧れを、
名波選手に感じたのを今でも覚えています。

あの瞬間こそ、今日までプレーでも観戦でもサッカーに
関わり続けてきた日々を決定付けた瞬間でした。


今にして思えば、見ていたアングルもよかったです。
だいたい、下記の赤丸の位置だったんですよ。
coco

ちょうど軌道の延長線上だったんで、物凄く綺麗に見えたんですよね。

結局、試合はジュビロ磐田が負けてしまいましたが、
自分は今でもこの試合をスタジアムで見られてよかったと
心から思っています。


あれから、15年。
ジュビロ磐田を追いかけ続け、その過程の中で
酸いも甘いも噛み分けてきました。
もう二度と見るものか、と思ったこともたくさんあります。

でも、結局、この記憶が色褪せない限りは、
ジュビロ磐田は自分にとっての日常であり続けるのだと思います。


さぁ、2017年シーズンの開幕だ!!


夜磐


中村 俊輔選手が完全移籍加入(磐田公式)
http://www.jubilo-iwata.co.jp/newslist/detail/?nw_seq=5240








syunsuke

強く。美しく。勝つ。











ほんとに来ちゃった・・・(;´∀`)







はい。
去年のシーズン終了から噂されていた、横マリの中村俊輔の加入が、
本日付で現実になりました。最初に報道された時は
何言ってんの。絶対来る訳ないじゃん。」って思ってたのに、
あれよあれよと話は進んでまさかの現実に

こういう時の獲った側の振る舞いって物凄く難しくて、
大っぴらに喜ぼうものならテメー挑発かと横マリファンからヘイトを買い、
喜びを自粛しようものなら中村の何が不満だコノヤロー
これまた怒られるという袋小路。
なので、多分正解は黙るということだと思うのですが、
割とセンセーショナルな話題をスルーするのも
なんだかなーと思って記事にしました。

正直に言うと、個人的に中村俊輔に対しては代表末期の印象が悪すぎて
あんまり良い印象を持っていなかったのですが、去年の横マリ-磐田戦で
久しぶりに見たら以前の印象とはかなり変わっていた("中村俊輔の現在地"の項参照)ので、
今回の加入は素直に嬉しいですね。


他チームの象徴という選手を獲得することは責任重大だと思っていますし、
2年前に前田を送り出した身としては横マリファンの心情も察して余りあります。
今回の移籍が良い移籍だったと思われるように、精一杯応援します。

とりあえず、今日はこの辺で。




皆さんこんばんは。
磐田の残留に心底安堵し、ようやく安心していろんなサッカーを
見られるようになった夜磐です(笑

本日、鹿島スタジアムで開催されたキリンチャレンジカップで
日本代表が大迫の2ゴールを含む4得点でオマーン代表に4-0で勝利。
4日後に迫ったW杯アジア最終予選、サウジアラビア戦に向けて弾みをつけた。
そしてこの試合、A代表2試合目となったフェーレンフェーン所属の
小林祐希が、終了間際に4点目となるゴールを決め、代表初得点を記録!

ジュビロ磐田から世界に飛び立った選手の活躍に、
磐田ファンの私としては感動を隠せずにはいられない。
大迫の凱旋試合ということで、注目の大半は大迫に集まっていたが、
私としても十分に見応えのある試合になった。

さて、A代表定着に向けて大きく前進した小林だが、
よほどJリーグを見ている人でなければ、
ジュビロにいた小林」と聞いても「知らん」と答えるだろう。

そこで今夜は、皆さんに小林を紹介することとしよう。


■どんな選手?
多彩なキックと卓越した攻撃センスを備えるマルチアタッカー。
利き足である左足から、ストレート、カーブ、ドライブ、さらには
無回転など多彩なキックを正確に繰り出し、
ゴール前に進出して点を取ったり下がってゲームメイクをしたりと、
攻撃面でマルチな能力を発揮できる。
元々はボランチであり、シュートを決めることやテンポの速いプレーは
苦手としていたが、名波監督によりトップ下に固定され長くプレーしたことと
日々の居残り練習による努力により、高いポジションでもプレーできる能力も身に着けた。
反面、ハリルホジッチ監督が指摘したように、ブロックの一角となる守備は
苦手としており、磐田ではFWと共にプレスをかける役割に限定されていた。

■ジュビロ磐田入団以前の経歴
小林は、ヴェルディの下部組織で育ってきた選手。
ユース時代から各年代の日本代表に選出されてきた、
言わばエリートのような存在である。
その能力を見込まれ、ヴェルディでは19歳にして背番号10とキャプテンという
大役を任されたが、精神的プレッシャーに打ち勝つことができず精細が欠如。
先発すら外されていたところで磐田にレンタル移籍、そのまま完全移籍した。
レンタル移籍での加入が2012年、完全移籍になったのは2013年からである。
退団の経緯が良くなかったため、現在でもヴェルディのファンからは
あまり良くは思われていないらしい。

■ジュビロ入団後
入団1年目は、劣勢の試合途中に投入され、積極的な前への姿勢で
流れを変える役割を担った。今季、川辺が務めた役割だ。
翌年になると出番を失い、シーズン1試合の出場に留まる。
チームもJ2に降格してしまうが、移籍はせずチームに残留。
J2初年度となった2014年も当初はベンチにすら入れなかったが、
チームの成績が低迷していた試合でスタメンに抜擢されると、
その試合で決勝ゴールをマーク。以降はボランチの一角として定位置を確保する。
名波監督が就任して以降は、トップ下に固定された。
翌2015年もトップ下に固定され、昇格争いをするチームを牽引。
プレースピードが上がったことと、得点能力が身に着いたことにより、
トップ下のポジションを不動のものとした。夏場に一時的にレギュラーポジションを
失ったが、夏にはポジションを取り返す。
そして最終節ロスタイム、チームを大逆転昇格に導く決勝ゴールを決め
その存在を日本中に大きくアピール。
今季もトップ下でレギュラーとして試合に出続け、J1での刺激を受けながら
監督からも認められるほどの成長を遂げた。
そして今夏、オランダのフェーレンフェーンからオファーを受け、
目標としていた海外挑戦を現実のものとした。

■オランダ移籍後
トップ下を務めた磐田時代から一転、本来のポジションであるボランチに
再コンバートされ、移籍から一ヶ月ほどでレギュラーを奪取。
課題とされていた広いエリアの守備力を身につけつつ、
中盤での組み立てや縦パス、機を見たオーバーラップなど
本来の武器というべきプレーも多く見られるようになった。
そして、機動力の向上をハリルホジッチ監督にも認められ、
今回2度目の代表選出を受けた。

■性格は?
チンピラみたいな髪型や刺青が物語る通り、超短気。
温厚な選手が多い磐田の中で、ジェイと共に異彩を放った性格である。
ジェイから「俺の弟」と指名されていたが、それは性格面でシンクロしたからであろう。
自分が削られた時はもちろんのこと、味方が削られた時も
激昂して相手に詰め寄り味方に宥められるのが常。
削られて怒るならまだしも、自分が上手くサッカーができていない時も
苛立ってしまう傾向があり、今季は1-5でボロ負けした横浜FM戦で
苛立ちのあまり警告2回で退場してしまう迂闊さを見せた。
歯に衣着せぬ発言も多用しており、ユース時代からの付き合いである
ガンバの宇佐美からは「昔は大嫌いだった」と暴露されてしまった。
この選手を制御できた名波監督の人心掌握術たるや、相当のものだろう。
最近は、あまりに珍妙な髪型にしたせいで妙な注目を集めていた。

■初見となる皆様へ
小林は、生意気な選手です。上記の通りまだ国際舞台では通用しないことが
想定されますが、大胆な発言を平然と言い放ちますので、
慣れていない方々につきましては不快に感じることも多いと思います。
特にこの度は初のA代表選出ということでさぞ調子に乗っているものと
想定されますので、いつも以上に生意気な発言が目立つことになるでしょう。

とはいえ、将来的には大いなる飛躍の可能性を秘めた選手であることも
事実ではありますので、多少の未熟な振る舞いについては
若気の至りとして目を瞑り、末永くご声援を頂けますよう、
本人に代わりまして何卒お願い申し上げます。

以上です。


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