先日、会社でサッカーの話になった。
その時、「こないだのアジアカップで負けたのは本田と香川がいけないんだ。」
と上司に言われて閉口した。


この答えはある意味正しく、ある意味正しくない。
というのも、本田と香川がPKを外したために日本が敗退したのは事実だからである。
事実に基づく結果論としては至極まっとうな意見である。

逆に本田と香川だけが試合の敗因ではないことも事実である。
FWは点を決めれなかったし、チームとして柴崎のゴール以外の決定機をものにできなかった。


この2面性から何を言ってよいかわからなくなってしまった。


「本田や香川は嫌いだ。」
と言葉が続き、口は天岩戸のごとく堅く閉じられたままになってしまった。



『これ以上何を言うのだろうか。』
サッカー好きを自負しており、周囲もそれを認めているので、自分に意見を求められることは間違いない。
案の定「どう思うのか。」と質問が飛んできた。


「本田と香川がPKを外して負けたのは大きいですね。それで負けてしまったのですから。」と答えた。
前述したように、これは事実だ。
間違ったことは言っていないし、決して的外れでもない。
その上、上司が言ったことを”正しい意見”として肯定することもできた。

ただし、これ以上語りたくはない。
井戸端会議程度、職場の雑談でサッカーを熱く語るメリットはない。
自信ありげに語れば、嫌なやつになってしまうし、相手からすれば話についていけなくなって面白くないだろう。
だから、世間話には常に相手の意見に同調する。
間違っていなければたとえそれが本論でなくとも、本質を違えることはない。


本田や香川が嫌いだという上司にはなんと言って返せばいいのか考えた。
同調戦術なら反論はしないのが正解だ。
だからここは矛先を変える。
「監督の采配とかもあると思うんですけど、香川は活躍しなかったですね。」と香川の能力は否定しないが、香川が活躍しなかったことでマイナスイメージを持っていることは伝えた。


「あの監督は前の監督と比べるとイメージが良くない。人相で語るのは見当違いだが、人当たりがいいように思えない。」と答えが返ってきたので、話の矛先が監督になった。
「いかつい感じで迫力ありますよね。」と返して話を濁した。


自分の意見は変えたくない。
自分の主義や主張は変えたくない。
しかし、意見はひけらかさないし、主義や主張は語らない。
ただただ、サッカーという共通話題を消費していく。
所詮世間のサッカーに対する認知、分析、理解はこの程度なんだなと線引きをしながら、雑談でサッカーの話が出来ること、試合を見ていることでサッカーが好きであることを周囲にアピールできる。


会社という組織の中ではそれでいいんだと思う。
だって、会社の人たちとサッカーを見に行ったり、戦術分析をしたり、チーム分析をするわけじゃないからだ。
あー、これでいいんだよな。
といつも確認しながら、雑談の中のサッカーに着地点を探している。
それでも、雑談が成立すればそれはサッカーに意味がなくとも、会社の人間関係には意味があることで、自分に利益があることなのである。
それは近からずではあるが、快適なサッカーライフに跳ね返ってくるものもあるのだろうか。